椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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Karlovy Vary
丸4年半近くチェコに滞在しておいて、初めて行く有名な観光地。
ただの水ですら塩が効いているのは、さすがチェコ。
ひたすら喉が乾く。
やっぱり温泉は飲むより浸かるほうが良いよなー。

Karlovy Vary

結局、ビールを呑んだり、カフェにいたり。
していることはプラハと大差ないけれど、
ただ、一緒に出かけたことが楽しいのだという結論。


【2010/04/25 23:19】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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スラヴ叙事詩
アルフォンス・ミシャの描いた「スラヴ叙事詩」という絵がある。

Moravsky krumlov 

パリで売れた彼はミシャとして有名だけれど、本当の彼はムハという名のチェコ人だ。
パリで商業的に成功した頃の絵が代表作として知られているけれど、90年代初頭、彼はチェコに戻り独立した国のために仕事を望んだ。
プラハ場内の教会のステンドグラス、市民会館の市長の間、有名、高名な場所である。
外国で成功し、戻ってきた者を非難、嫉む民族性は今もその頃も変わらない。
そして、連作「スラヴ叙事詩」を描いた。20作にも及ぶ大作だが、どれもこれもハンパなく大きい。
収蔵する場所がなく、このチェコの田舎の村の城に飾られている。

正直、ムハの絵は私の好みではない。
それでも、この絵は観てみたかった。
片田舎、そんな言葉がぴったりの村に4時間以上かけてやってきた。

駅までの道

イースター休みのため普段、1時間に1本のバスが2時間に1本だった。
時間がありすぎたので、駅まで歩く。
駅から中心部(なんていう大層なものでもないが)まで、離れているのはどこの国でも共通。
鉄道は後からやってきたものなのだ。

駅までの道2

暑いなか歩いたのは、ほかでもない。
行きのバスから見えた桜が気になっていたから。

駅までの道3

近づいてみると、思いのほか華がない。
個々は悪くないのに。
どこかの国と似ている、また思わず、そんなことを思ってしまう私は。



【2009/04/12 23:57】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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去年マリーアンスケー・ラーズニェで
チェコには温泉がある。とはいえ、残念ながら日本のように雪見露天風呂で酒を一杯、というようにはいかない。
チェコの温泉の基本は「飲む」
Marianske Lazne7
このように奇妙な形をしたコップで水を飲む。取っ手のような形をしているところが、取っ手、兼、飲み口だ。そして、日本でも存在するように基本的には何日も逗留して、医者の処方をもらいながら療養...そう所謂、湯治だ。
若い女の子同士で行くような場所ではけっしてなく、ジジババ(失礼)が行くところなのだ。そして、そこで、、、アバンチュールを楽しむことは可能だ。例えばゲーテのように。

チェコで有名な温泉といえばKarlovy Vary カルロヴィ ヴァリ。Maríanské Lázně マリーアンスケー ラーズニェよりも大きく、日本からのツアー客は大抵ここに行く。
Karlovy Varyはともかくロシア人が多いと聞く。友達のチェコ人曰く、「予約したペンションがロシア人のものだった。部屋は掃除されていなく、チェコ語が通じない。一日で宿を変えた。」...。
ちなみに、Maríanské Lázněはドイツ人の街。
...。
ドイツ国境に近いこともあり、ホテル従業員の第一外国語はドイツ語。英語苦手そうです。訛り、強すぎだ。何を言っているのか聞き取るのが大変である。最近、英語を話すことを試している私だが、あっさりチェコ語に切り替えた。

Marianske Lazne

チェコの田舎にありがちな、寂れた駅前を抜けると市街へ。保養地だからなのか、公園が綺麗に整備されていて心地よい。春はさぞかし綺麗な街になることだろう。
ところで、この公園。。
Marianske Lazne2
徒歩・馬のみ通行可。
そんななかに源泉の飲める施設。
Marianske Lazne4
折りしもクリスマス・マーケットが開かれていた。源泉を飲む人間よりもsvařák(ホットワイン)を呑む人間のほうが多い...。
そしてこの、バロック様式の建物の隣に、小さな近代的な建物が。源泉が飲めるのはそっちなのだ。ちょっと拍子ぬけするくらいに綺麗で清潔だ。
Marianske Lazne3
奥には湯治客のものだろう、マイカップがキープされている。

Nové Lažněという、由緒正しいことが売りののホテルへ泊まる。Maríanské Lázněは「著名人」が訪れていたことでも有名なのだが(ゲーテ・カフカ・ツルゲーネフ・イプセン・ショパン・ワグナー...)、このホテルはイギリスのエドワード7世が泊まったという。
Marianske Lazne5

SPAが受けられたり、医療室のような場所があったり、素敵なインテリアの元でサービスが受けられる。だが、ここのメインは、ローマ風呂だろう。
驚くほど、素敵な内装だ。
足元のタイルが美しい。
ジャグジーも悪くはないけれど、これを見たいために私はここを選んだのだ。
http://www.marienbad.cz/marianske-lazne.shtml

お風呂やサウナなどの基本的なものは泊り客であれば、だれでもサービスが受けられる。
...惜しむらくは、私、日本人にとっては水が冷たいということだ...風呂は暑くなければ!!

Marianske Lazne6
ホテル内でも水を飲めるところがある。ここはかなり味がキツかった。

【2006/12/10 23:51】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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Zámek Konopiště
プラハから電車に乗ること一時間、Benešov ベネショフという街から歩いて20~30分ほどでKonopiště コノピシュチェ城につく。
(ちなみに、駅名は「Benešov u Prahy」つまり、一時間も乗っていながらまだプラハの近くってことなのだが…。チェコの電車は遅い…。)
Konopiste1
歩く道の半分は街部分、残り半分は何もないところを悠々と歩く。この国に住むにはアウトドア用品が必須アイテムなことを、ひしひしと感じる今日この頃。…私はシティな女の子なのに…。

Konopiste2
軽く食事をしてから丘の上にある城に向かうことにする。ビールの銘柄はここの城主の名にちなんで「FERDINAND:フェルディナンド」。…日本のビールに似ているような…。炭酸はキツくはなかったけれど。注ぎ方は上手かったので、こういう味なのだろう。
Konopiste3
にここは、城といっても長い間、貴族の館だったわけであって、「砦」など戦争で使用した城ではなく、むしろ「館」のような建物に見える。それでも一応、堀なども現存し…熊くんがお昼寝中。
Konopiste4
この城の歴史はとても、古い。どうやら1300年ごろに建てられ、当時は戦争にも使用され、そして長いときを経て、何人もの城主の間で売買、譲渡がされた。最終持ち主は、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナンド・デステ皇太子、そう、かの有名な第一次世界大戦の引き金にあのなったサラエボ事件で暗殺された「オーストリア皇太子」なのである。
当時はもう城としてより家として機能していただけなようだ。

この城は見学ツアーでなければ入ることができないのだが、コースが3つに別れている。どれも所要時間が1時間くらいとたっぷりあり、頻繁にあるわけではないので、全てをみることは不可能。そしてまた入場料が高い…!…セコイ。
迷いに迷って、フェルディナンド公のお家見学コースを選択。
場内に一歩足を踏みいれて、皇太子公の趣味の悪さに辟易。壁中ずーーーーーーーっと自分が狩猟した獲物の剥製が並んでいるのだ。一つ一つに狩猟日が示されている。ハッキリいって、ウザい。
ガイドブックには記されている。
「数の多さから、大公の狩猟好きは病的、マニア的であったとおもわれがちである。-略-彼の性格を紹介した、偏向的なものである。当時の事情を十分知っていた人間にとっては理解できないものではない。」
…しかし、かれのマニア的性格は、それだけではない。
ヨーロッパで最大級を誇る武器コレクション。その数4618。
快適で優雅な生活のためには技術と衛生が不可欠。その心意気やスバラシイ。セントラルヒーティングと電気。そして多すぎるほどのバスルーム、バスルーム…またバスルーム。
家族の肖像画もやたらめったに多い。絵、絵、絵。
どうも、するときは徹底的に、という心が窺える。そんな彼はマニアであろう…。
そんな彼の趣味につきあい、1時間のツアーを終えたころには「もういい!」というアップアップな気分を味わえる。もう、他のコースまで行こうとは思えない。

Konopiste5
そんなちょっぴり疲れた気分を癒すために庭を散策。
カプチーノを飲みつつ、休息。ここは落ち着ける…。
【2006/08/24 23:18】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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Hrucice フルシッツェ
プラハの夏は過ぎて涼しい日々が続いている。
キャミソール。の上に半袖か七部袖のニット。の上に、これ日本では晩秋に来ていたのだが、というニットのロングカーディガン。
また暖かくなるとはいうけれど。。。

チェコ人の友達と日本から遊びに来ている友達とHrusice:フルシッツェというプラハから程近い村に遊びに行った。
ここは、チェコの「国民的」絵本作家ヨゼフ・ラダの生まれた場所だ。絵本が有名なチェコのなかで一番有名な絵本作家だと思う。年末には何パターンもの彼の絵を使ったカレンダーが売り出される。
彼の絵はチェコの田舎の生活を描いたものが多く、昔の(ともするとそんなに変わっていないだろうと思われる)チェコの四季が窺い知れる。

プラハ本駅(Hlavni Nadrazi)から電車で1時間弱。距離的にはそんなに離れていないはずだが、なんといっても、チェコの電車は遅い。
そしてHrusiceへは、駅から歩いて20~30分はかかる。
小雨の降るなか歩いて、ラダの絵によく描かれている教会のすぐそばのhosupoda ホスポダ、居酒屋に入る。ここのモチーフはラダ。

Hrusice1

居酒屋といえども、子供も多く、多分、ラダの博物館を見に来ているのだろうという人たちも多かった。
壁に描かれた絵を除けばチェコの典型的hospoda。
でも、店のおじさんの着ているTシャツにもラダの絵が描かれている。
(ちなみに私はこのTシャツを購入)

昼ごはんを食べた後、ラダの生家跡を見て、村はずれの方角にある美術館に行く。
けして大きな場所ではないが、他にも来訪者がかなりいる模様。私たちが行ったときにも先客、そのあとにも更に人が来ていた。
受付のおばさんが一部屋一部屋展示を説明してくれ、日本人には説明書きの書いた紙を渡された。
Hrusice2
日本語訳もかなり展示されていた。たぶん、日本語の文字が見た目が珍しいからだと思うけれども…。

Hrusice3
馬やヤギが飼われていたり、駅からの途中の小川にはがちょうも。
最近すっかりチェコの自然が好きな私には満足できる場所だった。
たくさんイラつくことはあるけれど、こののったりとした時間の流れが好きだ。
「大都会」プラハに住んでいるから感じられる余裕なのかもしれないけれども。
【2006/08/04 23:10】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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Zubrniceズブルニッェ
ドイツとの国境近くの村、Zubrniceズブルニッェに行く。
この季節のチェコの田舎は本当に美しい。
咲き乱れる花々に、プラハでさえも、プラハ城でさえも霞んでみえる。緑のいきいきとした生命力があまりにも美しく、途中、バス車中からみえる景色はまるで理想郷。
プラハに住んで週末は田舎のハタ(別荘)に行くチェコ人の気持ちがわかる今日この頃。私は東京圏から来た人間なのに。

Zubrnice1
村ではお祭りが開かれており、また移動遊園地も来ていた。
思わず載ってしまった。乗り物。

Zubrnice2
パーフォーマーも。
持っている棒でお客が投げた輪を取る彼。
前を走るは、輪を取るために走る子供。私もかなり投げたけれど、さすがに輪のとりあいを子供とはできない。
側ではまるで、そのためかのように手回しアコーディオンが鳴っていた。
マリオネットも来ている。子供だけが対象なものと、子供も大人も楽しめるものと。
もう慣れてしまったけれど、このようなイベントでマリオネットがくるのは「チェコらしい」。

屋台ではおもちゃや、生活雑貨や...。

Zubrnice3
木製おもちゃ屋さん前の足踏み糸のこ。木製の足踏み糸鋸を初めてみた。
おじいさんが動物の形に木材を切り取って、その場で見ている子供にあげていた。

Zubrnice4
糸を紡ぐおばあさん。
これも足踏み。

Zubrnice5
この村の教会。正面にみえるはチェコの国樹、菩提樹。

Zubrnice6




【2006/05/14 22:19】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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Vila Tugendhat チューゲンハット邸
所用あり、Brnoに行く。
ついでに一つ、観光をしてきた。
ブルノに行くのは3回目だけれども、思っていた以上に都会だと感じたのは私がチェコというヨーロッパの田舎に慣れたからか...。
しかし、お店などのレベルが高い割りに、通りを歩いている人は疎ら。単に人口が少ないせいなのだろうか。以前に来たときも感じたことだ。
それでも、夜トラムもあるし、夜の12時を周っていても呑んでいる人たちの姿があるのはプラハと変わらない。

Vila Tugendhat:チューゲンハット邸。

Vila Tugendhat1

Brnoの旧市街から、少し外れた旧市街を見下ろせる高台に立つチューゲンハットさんのお家だ。

ミース・ファンデル・ローエというバウハウスの校長をしていたこともある人の設計であり、中の家具も彼によりデザインされている。
現在の家具は当時オリジナルのものではないものもあり、元に戻そうとしているところだそう。
今現在2006年にみても、充分「未来的」に見える1928年のものである。
チューゲンハットはブルノに8年間住み、その後スイス、そしてベネズエラ、またスイスという生活をしていた、ということなので、ここに住んだ期間は短い。確か、彼はユダヤだったと説明していたように思う(チェコ語だったのでウロ覚え)
要は当時の金持ちの家だ。

Vila Tugendhat2

この窓は電動で開閉する。ありえないくらいにカッコいい。
リビング部分は、バカ広いがちゃんと空調も完備されているという。ありえない。
個人的には食卓部分と空間をさえぎる美しいフォルムの壁と、書斎部分をわけるオニキスの壁が気に入った。

ところで、この建物は2001年世界遺産に登録されている。
が。
私は行くときに地図を持っていなかった。
トラムの停留所の名前だけを知っていたので、声をかけられた、おじさんに聞いたところ「知らない」と言われた...おじさんも、同じ停留所で降りたのにもかかわらず。
「ブルノに住んでいるんだよね?」と思わず尋ねてしまった。
ま・そんなものなのだろう...。

>Vila TugendhatのHP

要予約。ガイドツアーでのみ見学可能。
予約なしで来たタイ人のおばちゃんグループは入れなかったので、ちゃんとするべき。
一応どこかの雑誌で特集したと思われる日本語テキストを渡された。

チェコ・スロバキアの独立分離会議もここで開かれたそうだ。


【2006/05/07 18:32】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
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