椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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椿
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人を嫌うのも、嫌われても良いと思うのも。
友人から本を借りた。
林真理子「本を読む女」。林真理子という物書きの作品をまともに読んだのは初めてであった。
昭和になる頃に幼少時代を過ごして、戦争を体験し、時代に翻弄される女の話というよくあるパターンだが、主人公は幼少から本を読むことを許され、その時代としては相当な学校に行くことも許された。
だが、大人になった彼女は常に言う、私はいつも家に翻弄されてきた、ああすれば良かった、それというのも私がいつも人に好かれようとしてきたからだ、と。
これが女か、と、女くささに顔を背けたくなった。
尤も、それが女くさいと思うのは私の主観であり、本当は「人間くさい」と形容すべきなのかもしれない。
しかし、私は女で、そう感じたのだ。


女の一生

私は人に嫌われてもいい。
何故なら、私は自分で自分の人生を決めているのだから。
私の言動により不快な気持ちを生み出したのならば、私はそれを受け止めるべきだろう。
そんなことを引っ括めると、逆説的に人を嫌いになるにも、それなりに覚悟がいる。
自分の人生を自分で引き受ける覚悟。

昔は、女の生き方の幅が狭かった。
それは、ある意味、いろんな覚悟をする必要がなく生きてこれたということなのではないかと思う。
自分で選ぶことが少なかったから。
私の母も、友人の母も、友人も、常に同じことで愚痴をこぼす。
自分が決めたことではない、という意識が、そうさせるのではないだろうか。
良いとか悪いとかではなく、ただ、そういうものなのではないかと思う。




【2010/03/12 23:52】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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