椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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Auschwitz
さて、何故クラコフなのかといえば、所謂「人類の負の遺産」であるAuschwitz アウシュヴィッツを一度見てみたかったからである。

アウシュヴィッツは聞いてわかるとおり、ドイツ名であってポーランド名ではOswiecim オシフィエンチムというらしい。この強制収容所を指すわけではなく、地名である。
クラコフのバスターミナルからOswiecim Museum 博物館までバスで1時間30ほど。

博物館の日本人ガイドの方に元々聞いていたバスの時間と、クラコフ市内のインフォメーションで聞いたバスの時間が違った。...良くあることだけれど、仕方がないのでバスターミナルまで聞きにいく。ホテルも信用ならないし、こういうときは面倒でも自分で見にいくしかない。

朝10時、Owsiecim museum行きのバスがでる。
krakow バスターミナル1

krakow バスターミナル2

バスターミナルは新しいようで、とても綺麗だ。電光掲示板がつき、わかりやすく、待合所も明るく、暖かい。セキュリティも詰めており、こういう場所にありがちな浮浪者がいない。
10時、ほんの少し前ようやくバスが来る。
古いバスだ。
と、ポーランド人が引率するどこの国のものだかよくわからない若い人々の団体がやってきて、待っていた人を押しのけて乗車した。この時点ではよくあることだ、と思い大して憤りもしなかったが、これが後で、またやらかしてくれることになる。

バスはほぼ時刻どおり博物館前についた。
寒いというのに、かなりの観光客がいる。
Auschwitz 1

Auschwitz 2

アウシュヴィッツはここと近くのビルケナウ、そしてもう一つの収容所を持って機能していたそうだ。
そのなかでこのアウシュヴィッツが一番、「博物館化」して保存されている。
...正直に言って、その往時を想うのは難しい。
ここが博物館となったのは、戦後直後からのことだそうだ。
元々はポーランド軍の兵舎として使用されていた建物だという。だから、想像していたものよりもレンガ作りのしっかりとした建物である。各建物ずつ、展示ようになっている。
「地球の歩●方」には私用目的での写真撮影自由、と記載されていたが、館内は撮影禁止だった。

いわゆる、ガス室、は有名な話だが、それを行う前に髪の毛やら靴やら、メガネやらともかく使えそうなものは全て外しておく。
そして、それが逐一書類として残されていた。
秘密書類、と、書かれている。何時、メガネが幾つ、すべてが事細かに。何よりもそれに圧倒された。

話によると、元々ナチスは虐殺をしようと考え、この差別を始めたわけではなく、ともかく、自分の領土より遥か遠くへ、と思っていたようだ。戦況の悪化、またあまりに人数が多く収容しきれなくなったために始まったのが、大量殺人。最終的には列車で着くなり、ガス室行き。
対象となったのは、ユダヤ人だけではない。ロマ、同性愛者、精神異常者、政府叛乱分子。
...収容所生活のなかで言語の壁はなかったのだろうか...。
収容所があったのは、ドイツ、チェコ、ポーランド。ここはいわば、最終収容所。

ヒトラーは民主主義の下に生まれた独裁者だ。
戦後のチェコが自ら社会主義を選んだようにドイツ国民がヒトラーを選び、ヨーロッパはそれを認めた。
私、個人の意見としては歴史は必ず必然の流れにのって動く。
だからこそ、何故、ユダヤ人やロマがスケープゴートになったのか、知りたいと思う。
残念だったのは、綺麗事しか聞けなかったことだ。
「これだけのことをされて、被害者に理由を求めるべきではない」というのは、ことを根本から見ていないように私は感じる。
現代においても、ロマは嫌われている。
友達も一様にロマに物を盗まれたり、という目にあっている人が多い。事実、私もよくロマらしき人々に狙われることもある。
それを、ロマは家と外で言語が違う、だから仕事がないから、という理由で認めていいものだろうか。

強制収容所がポーランドやチェコに作られたことも偶然ではないだろう。
勿論、ポーランドはドイツと長い間、関係があった。しかし、ナチスに協力する下地があったのだろう。
多くのナチス叛乱分子も収容された。
しかし、被害者の面だけを見てはいけない。

これだけのことを行った当時のドイツ人は冷静だ。
狂気をはらんだ何かおかしいものなのかもしれないけれども、自分たちに如何に精神的にも体力的にも負担をかけないように、全ての汚れ仕事を収容者たちにやらせている。常に中央からの指令、計画に沿って進められている。
歴史をみるのに感情はいらない。
違う時代の観念から感情的にものをみることくらいバカらしいことはない。
そして感情的にみている限り、歴史は繰り返す要素を孕んでいる。


ビルケナウに行く。
アウシュヴィッツ-ビルケナウ間には無料のシャトルバスが運行されている。

アウシュビッツよりも圧倒的に広い。
Auschwitz 5

ここはレンガ作りではない。木造の如何にも寒々とした建物だ。
多くの建物が既に老朽化し、壊され、煙突のみが雪の間から覗く。
Auschwitz 3

ゲートからまっすぐ続く、鉄道の引込み線。
ここはまだ半分の地点。
ここに到着した列車はこの線路ギリギリの長さだったという。
このためだけに作られた線なのだろうか。
Auschwitz 6

戦時のなか、軍事に影響のないようにこんなところまで列車を走らせる。どうしてそこまでして、行ったのか。

ここにも当然ガス室があったが、それらは終戦間際、ナチスによって爆破されている。
Auschwitz 4

手付かずのまま残っているが、それらは雪の中だ。
まだ、初冬だというのに、寒い。
こんなところに防寒もなくいたら、たしかに凍死するだろう。
それでも生きようとする、最後の瞬間まで生きようとする生命、人間の心理。

余談ながら、アウシュヴィッツを訪れる日本人は少ないと言う。
クラコフまで来ても、ここに来ない、そんなこともあると言う。
実際のところは、私にはわからない。
...一つにはポーランドという国に対する関心のなさがあげられると思う。
そして単純に遠い。クラコフからもバスに乗らなければならない。
また一つには、ユダヤに対する興味のなさがあげられるのではないか。
韓国人は多いというが、韓国人はキリスト教徒も多い。また、あの戦争において自分たちも被害者、と思っているだろう。親近感とでも言えるべき何かがあるのだろうと推測する。

クラコフ市内に戻るにはもう一度アウシュビッツに戻り、そこからバスに乗る。
と、バスがやってきた瞬間、また朝の団体がやってきた。
代表者の若い女がバスに乗り込み「さあ、お金を払ったから全員乗って!!」と叫ぶ。
残されたのは、英語圏4人(多分イギリス人)と日本人2人。
イギリス人が言う「これがポーランド・スタイルか!」。
そう、私たち所謂、先進国組はモラルを考える。
生きるのに必死な人たちは、そんなことまで考えてる余裕はない。...というよりも、まだモラルを知らない人たちも多い。
このような、道義だのなんだのと考えるような場所にきて、そういう行動にでれる、その神経に感服、と思うよりも通常の世界では失礼だと思われているとわかっていないと考えるほうが納得できる。
30分近く、寒いなかバスを待ち、今度こそ、と意気込むイギリス人たちを一緒にバスに乗り込んだ。



【2007/11/18 23:10】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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この記事に対するコメント
アウシュビッツに!
行ったとは!すごいです。
わたしも機会があればぜひ見てみたいものですが、
パリのナチス虐殺のときの記念館で、写真を見ただけでつらいので、実際に行けるのかどうか・・・。

すごい雪なんですね。真っ白できれいですね。

いつもながら、若菜さんの行動力、いろいろなところにおひとりで(?)行かれるてすごいなって思います。

ちょっと関係ないのですが、わたしは一度エルサレムを見てみたいんですよね。一度だけイスラエルに行ったことあるのですが、ひとりだったし見に行く機会を逃してしまったんです。

今年は素敵なお写真とお話しをブログでありがとうございました。
よいお年を迎えてくださいね!
【2007/12/26 13:22】 URL | ナオカ #uaIRrcRw [ 編集 ]
私も兼ねてから行きたいと思っていて、ようやくって感じで行ってきました。
やっぱり、一度は見ておきたいなと思って。
ちなみに今回は遊びにきていた母と行きました。親子2人で微妙なところに...イタリアに行こうかって案もあったんですけれど(笑)。

...ナオカさんも相当、行動力ありますよね。
イスラエルに一人って凄いです。...なかなか誰も一緒に行ってくれなそうですけれど(笑)。
ナオカさんの行動力もキープしつつ穏やかな暮らし方、素敵だなと思っています。

こちらこそ、ステキなブログありがとうございました。
セバさんとリラさんとよいお年をお迎えください。
来年も楽しみにしています。
【2007/12/27 15:56】 URL | >ナオカさんへ #RVrSGgmE [ 編集 ]
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