椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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Karel Ⅳのパレード
街の南にあるVyšehrad ヴィシェフラッドからpražský hlad プラジュスケーフラッド(プラハ城)までパレードが行われていた。
何故だかわからないけれど、名目は「KarelⅣ カレルチトゥブルテェー のパレード」。何故この時期に行われるのかは、わからない。そんなに大きな祭りではないように思える。
Vyšehradは少しばかり伝説的な場所で、大昔、一人の農夫がプラハを起こす、と予言したリブシェという女性が住んでいたという場所である。
現在はプラハ城よりも建てられたのが新しいとか諸説あるようで、あくまで伝説。
そこから、Karlovo náměstí カルロボ・ナームニェスティ(この、カルロボ、というのもカレル4世を指す)
→Václavské nam ヴァーツラフスケー・ナーム(このヴァーツラフは違う人)
→Staroměstoské nam 旧市街広場
→KrulůvMost カルルーフモスト所謂カレル橋(このカルルーフもカレルさん。カレルさんの作った橋)
そしてプラハ城とKarelⅣに縁の場所の方々を廻る。あちこちでミニイベントをしたり。
旧市街広場には屋台がでて、今年初めてのブルチャーク(ワインどぶろく)を呑んだ。

pruvod KarelⅣ 1
このような格好をしたした人が、馬が、通る通る。
プラハを知っている人はわかるだろうが、この行程は、トラムも走り、人通りもかなり激しい。
旧市街広場からプラハ城なんて王道の観光ルートだ。

…通常、日本ではこのようなパレードが行われる際、道路は閉鎖されたように思う。
が、この街では閉鎖されない。
カレル橋の手前に信号がある。
信号は通常どおりに動いている。つまりは、王様は信号待ちをしなければならない。。。
そして、信号が青に変わる。
この信号はすぐに赤になってしまう。
前の道には、大勢の観光客。信号が青になってから…交通整理。
遅い…!
ハイ、赤。
…先頭を行くは、警察の騎馬隊である。

pruvod KarelⅣ 2
てれてれ歩きます。
pruvod KarelⅣ 3
まあ、中にはちょっと気合を入れている人も。

ちなみに、この人たちはバイトで、なんとお給料は1000コルナ。
かなり良いバイトである。
が。
なんと本当は当日もらえるはずのお金が手に入らない、という事態に…。
どうやら、思ったより人が多く集まった、ということらしい。(多分)
そして、今日中にイタリアにむけて旅立つ人々がいるので、その人たちを優先に、と説明していた。
憤る人々。事務所に押しかけるも、代表者をたてたようだ。
交渉の末、彼の発した言葉は…
「今日は金はでない。パンもタバコすらもでない!!」

明日、どこやらの役所までお金を取りにいく、ということで片がついた。。。

追記:マラソンが行われるときは、さすがのこの街も閉鎖される。
【2006/09/03 23:03】 チェコで暮らす | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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