椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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椿
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  • チェコ共和国、首都プラハにいます。
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Zámek Konopiště
プラハから電車に乗ること一時間、Benešov ベネショフという街から歩いて20~30分ほどでKonopiště コノピシュチェ城につく。
(ちなみに、駅名は「Benešov u Prahy」つまり、一時間も乗っていながらまだプラハの近くってことなのだが…。チェコの電車は遅い…。)
Konopiste1
歩く道の半分は街部分、残り半分は何もないところを悠々と歩く。この国に住むにはアウトドア用品が必須アイテムなことを、ひしひしと感じる今日この頃。…私はシティな女の子なのに…。

Konopiste2
軽く食事をしてから丘の上にある城に向かうことにする。ビールの銘柄はここの城主の名にちなんで「FERDINAND:フェルディナンド」。…日本のビールに似ているような…。炭酸はキツくはなかったけれど。注ぎ方は上手かったので、こういう味なのだろう。
Konopiste3
にここは、城といっても長い間、貴族の館だったわけであって、「砦」など戦争で使用した城ではなく、むしろ「館」のような建物に見える。それでも一応、堀なども現存し…熊くんがお昼寝中。
Konopiste4
この城の歴史はとても、古い。どうやら1300年ごろに建てられ、当時は戦争にも使用され、そして長いときを経て、何人もの城主の間で売買、譲渡がされた。最終持ち主は、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナンド・デステ皇太子、そう、かの有名な第一次世界大戦の引き金にあのなったサラエボ事件で暗殺された「オーストリア皇太子」なのである。
当時はもう城としてより家として機能していただけなようだ。

この城は見学ツアーでなければ入ることができないのだが、コースが3つに別れている。どれも所要時間が1時間くらいとたっぷりあり、頻繁にあるわけではないので、全てをみることは不可能。そしてまた入場料が高い…!…セコイ。
迷いに迷って、フェルディナンド公のお家見学コースを選択。
場内に一歩足を踏みいれて、皇太子公の趣味の悪さに辟易。壁中ずーーーーーーーっと自分が狩猟した獲物の剥製が並んでいるのだ。一つ一つに狩猟日が示されている。ハッキリいって、ウザい。
ガイドブックには記されている。
「数の多さから、大公の狩猟好きは病的、マニア的であったとおもわれがちである。-略-彼の性格を紹介した、偏向的なものである。当時の事情を十分知っていた人間にとっては理解できないものではない。」
…しかし、かれのマニア的性格は、それだけではない。
ヨーロッパで最大級を誇る武器コレクション。その数4618。
快適で優雅な生活のためには技術と衛生が不可欠。その心意気やスバラシイ。セントラルヒーティングと電気。そして多すぎるほどのバスルーム、バスルーム…またバスルーム。
家族の肖像画もやたらめったに多い。絵、絵、絵。
どうも、するときは徹底的に、という心が窺える。そんな彼はマニアであろう…。
そんな彼の趣味につきあい、1時間のツアーを終えたころには「もういい!」というアップアップな気分を味わえる。もう、他のコースまで行こうとは思えない。

Konopiste5
そんなちょっぴり疲れた気分を癒すために庭を散策。
カプチーノを飲みつつ、休息。ここは落ち着ける…。
【2006/08/24 23:18】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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この記事に対するコメント
何もない
とはいえ、緑の中の1本道、写真ではとっても素敵ですよ~♪

あの皇太子、そーゆーオタクだったんですか。知らなかった。。っていうか、殺されたということ以外、何も知らないんだけど(自爆)

ところで、「ラ」はいらないと思いますです。オーストリア。
【2006/09/01 13:43】 URL | かおる #wYAyu/Y2 [ 編集 ]
国土の狭いはずのこの国ですが、「なにもない」ところ多いのです。私も好きです。何もないところ。プラハから出れば、すぐにこういった景色が広がっているのです。冬にはここは真っ白。

「オーストラリア」に皇太子はいない…イタタ。こっそり直しておきます。
実はですね、私、事前にその知識があったにもかかわらず、何故か城のガイドツアー中はすっかり忘れてて、「フェルディナンドさんはサラエボに旅行にいって事故で死んじゃったのか~ふんふん。」とか呑気に思ってました。ちなみにこの人、世界各地を旅してて、日本に行ったときの写真も飾ってありましたよ。その旅行の写真もタイとかインド本当に世界各地の写真が廊下いっぱいに飾ってありました。。。
【2006/09/01 20:46】 URL | 若菜 #RVrSGgmE [ 編集 ]
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