椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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冬の始まり
どんより

長い冬のはじまり。
冬時間に変わったばかりのこの時期に、明るい日本から帰ってくれば。
夕方4時、オフィスから見えるは、この世の終わりのように、どんよりとした空。

ヨーロッパは日照時間が短い。
ここに住むようになり、太陽の偉大さというものを思い知らされた。
晴れている、たったそれだけで、気分が明るくなる。

ヨーロッパ人の目の色が薄いのは日照時間が少ないせいだという。
日照時間が短いせいでメラニン色素が薄いのだという。
そう思うと、なんとなく気の毒。




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【2008/10/29 04:08】 チェコでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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プラハへ戻れば
晩秋

汗ばむ陽気の日本は、色づき始めてもいなかった。
2週間の間に葉が落ちて。

今回の帰国は完全に洋服を選択ミスした。
寒がりの私は、その昔10月に日本で着ていた服を持って行ったのだが、
普通に考えても暖かい10月だっただろうと思う。
でも、それ以上に寒いチェコから来た私の体には、暖かく、もとい、暑く感じられた。
いっつも、汗をかいていた不審人物、それが私。
体質は、本人が思う以上にすぐ変わる。



【2008/10/28 03:54】 チェコで暮らす | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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Long long flight
10数時間もただ飛行機の中で座っていることは、途方もなく長い時間のようにも感じられる反面、ただ、ぼんやりとして過ごせる私がいる。

日本を離れて暮らして3年近く経つ。
チェコの良いところ、悪いところ。日本の良いところ、悪いところ。
どちらにも良いところ、悪いところがある。
桃源郷なんて、この世のどこにも存在しない。
日本を離れるときから、わかっていたことが、現実の経験を持って自信を持ってを言えるようになる。
そんなものが客観的に見ることができるようになるには充分な期間だ。

日本で過ごしている人たちを外から眺めると。
そんなに神経質になって。悲観的になって。常に何かに焦って。
何故、自分で自分を追い詰めていくのか。
自分が疲れない方法を選んでいけばいいのに。
どうせ地球は周っていくのだから。
「それができたら、苦労しないよ」
そんなことを言われそうだけれども。

「なんとか、なる」
焦ってもどうにもならないときは、どうにもならない。
どうにも仕方のないことも、世の中にはたくさんある。
でも、最後に言えることは「なんとか、なる」
今日ダメでも、明日なら大丈夫かもしれない。明日がダメでも、明後日なら大丈夫かもしれない。
今ダメでも、今日、もう一度頑張れば大丈夫かもしれない。
方法を変えれば、大丈夫かもしれない。
日本では何事もキッチリとしすぎているから。
本当の意味で耐久性、持久性、柔軟性のある心が育つのは難しい。
何故なら、必要がないから。
そして、必要とされるのは耐久力。

やるだけやった、と言える力のない者は何かにつけてエクスキューズを求めたがる。
やるだけやった、と言えない者には夜は明けない。
「なんとか、なる」
それは、やるだけやった、と言える人にだけ言える言葉なのだ。
だから、頑張って。
頑張りすぎないように頑張って。
やるだけやれば、納得できれば、その時になれば、きっと、選ぶ道が見えてくるだろうと思うから。


特別な言葉は何もなかったけれど、それでも、信じるに足る何か。
それを感じられるというのが、一緒の空気を吸えることの価値だと思う。
特別な言葉は何もなかったけれど、満ち足りた気持ちで長時間飛行。
帰ってきて、良かった。



【2008/10/27 23:57】 日本で独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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大凶と牡蠣と、またサザエ
鎌倉へ
何度も来ている場所だけれども、その時其々、一緒に来る人によって楽しみ方や印象が変わる。
その時々に違う色彩を帯びる思い出。

鶴ヶ岡八幡で大凶のおみくじ。
ここの神社は、凶が多いことで有名だけれど大凶は初めて。

出雲大社で「厄除け」のお守りを買っていた。
そこに売っていたのは「厄除け」と「開運」
さりげなく、ネガティブとポジティブな思考だと思いつつも、私が選んだのはあえて「ネガティブ」。
何故ならば私は自分が運が悪いことを知っているから。

大凶というのは本当にこれから先、本当に上がるしか道がない。
なんとなく、ラッキー。

つい数日前に、サザエの壷焼を死ぬほど食べたのに、ここでもサザエの刺身。
生牡蠣を二皿頼む友人の傍で。

明日、またチェコへ。

サザエ、美味い。


【2008/10/26 23:19】 日本での記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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日本で旧友と
古河庭園

毎回、日本に帰るたびにすこしずつ浦島太郎。

電車の中で写真を撮ったら、友達に怒られた。
「捕まっちゃうよ」。
何罪で捕まるのか知らないが、それが今の「常識」なのだろう。
ジップのない鞄を持っていても未だスリなどの恐怖のない安全な国である反面、
狂っているとしか思えないほどの神経質さを感じる。
街で写真一枚自由に撮れない国。
詰まらないを通り越して、キチ●イじみていると感じるのは私だけなのだろうか。

小学校・中学校のとき、修学旅行のときに必ず「●●は持って行って良いですか?」と質問して
必ず禁止という事項を増やす発言をする人たちがいた。
節操のない僅かの人間のために、懸念事項を少しでも減らしたい下らない大人のために、馬鹿馬鹿しい禁止事項が増えていく。
自由は常に奪われるためにある。 

以前、帰国したときには丁度、家庭内殺人の末に遺体を切断、という事件が流行っていた。
要は「身内殺しの果てのバラバラ遺体」である。
一件、その手の犯罪が起こると、決まって何軒か続けて起こるのも理解できない。
日本に住んでいたとき、朝電車で飛び込みが起こると何日か続けて起こったりしたことに似ている。

チェコという国は、所謂、世界の最先進国とは言えない。
ここでは、現在、変化が求められているとはいえ、まだまだ人々の暮らしはシンプルだ。
熟成しきってでる膿のようなものがまだ、ない。
つまり、文化的、思考的にはまだまだ後進国だということと同義だけれども。
どちらがいいのか。
もしくは、放っておいても、いつかは同じような道を進むのか。




【2008/10/25 22:51】 日本で独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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確かなものは自分の気持ちだけ
千倉にて

いつも帰国の度に過ごす時間が少なく、申し訳ない気持ちになるけれど、
それと同時に、もう少し現実や子供の気持ちを考えて欲しいと思う。
親はいつまで経っても親というけれど。
私の家族は昔から人との距離の取り方が下手すぎる。

一年間分、サザエの壷焼食べた。
大好き。

日本に滞在している間に、ユーロの価値が下がっている。
「暴落」と言うにふさわしい、下降線をたどっている。
アメリカドルも、ポンドも。そしてチェココルナも。
一部の投資家を除けば、それほど影響を及ぼさないのであろうけれど、チェコで働いて、チェココルナで給料をもらっている私にとっては。
日本円に換算した私の給料の価値は、この数日で変わりも変わった。
折りしも、日本にいるというのに。
毎日、チェックをせずにいられなかったレートが、この日1コルナ47.9円を指した。
2ヶ月前は7円以上を指したときすら、あった。

「確かなものなんて、何もない」
そんなことを最近、考えていた。
私が生まれてから、今まで、たかだか数十年。
バブルに不景気。壁がなくなって、飛行機が突っ込んで、そして世界のどこかで幾つかの戦争。
その度ごとに尻軽に変わる状況。
半年先に何が起こるのか、私には読めない。
数ヶ月前に「気持ちなんて、そんな不確かなもの...」と私に言った人がいたけれど、
「確かなものなんて、何もないこの時代に、確かなものは自分の気持ちだけ」
そう、思っている。

一日の終わりに、その日起こったことで嫌なことを笑う、と言うことを何かからインスパイアされた、という友人がいる。
「一生保障されているモノなんて無いな。無いなら好きな事すべきなんかな。こんな時代に生まれて運がいいわ!なんてスリリングな人生!」
こんな言葉が返ってきて、思わず一人で笑った。


それがもう、わかっているから。
だから、こんな夜は、ウィスキーとともに呑みこんでしまえばいいんだ。





【2008/10/24 19:07】 日本での記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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東京駅から街を眺めて
ずっと行きたかった、というよりも行かなければならなかったマッサージへ。
夏からずっと不調だった体調が一気によくなった。
私のような体の弱い人間には、コンスタンスにメンテナンスができる環境が望ましいのはわかっている。
マッサージ中に爆睡。

フレクサくん

その足で東京駅のイノダコーヒーへ。
彼女との縁は不思議なもので、出遭った当初はこんな仲になるとは思わなかった、というのが、正直なところ。
幾つかの共通項や共通センスを持ちながらも、時折、滲みでる彼女の視点が好きだ。
そんな彼女に、うちの可愛い子を身売りしてきた。
可愛らしく大人しいようで実はパワフルな彼女も、自分のやりたいことを確実にやってのける。
カッコいい。
いろいろあったり、あるけれど、進んでいける人に会うと、心にビタミン剤を投入したような気持ちになる。
>>ねぼけまなこで、空想遊び
私も見たかった!

マッサージ中、自分でも笑えるくらいにゴリゴロとほぐれる音がしていたけれど、夜、気分が悪くなった。
今まで、そこまでなったことがなかっただけに驚く。
自分の体が思ったより弱っていたことに。



【2008/10/23 23:28】 日本での記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
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松江
松江1

ベタベタ島根観光。
出雲大社の次は八重垣神社。
この紙が早く沈めば、結婚が早いという。..もう既に一回してるけれど。
結婚経験があるのに、何であるが、一度たりとも「結婚したい!」と思ったことはない。
大体、「結婚」したいから結婚するのではないだろう。契約を結んで一緒にいたい人がいるから結婚するのだろう。正直、巷に溢れる「結婚したい願望」が強い人をみると、不思議に思ってしまう。結婚はゴールではなく、スタートであるのに。何故そこに安心を見出せるのか。
...今、液晶画面の向こうに敵を作っただろうか?

ま、それなのに何故この占いをするかと言えば...単なる、余興である。
「西と北」、基点はどこからだろう?日本?チェコ?
とりあえず、「よき人にめぐまれる」なら、良しとしよう。

松江2

松江3


松江6

それにつけても、昨日の出雲大社も含め観光の目玉が「えんむすび」であるということに驚嘆。
大社もこの八重垣神社もカップルや若い女の子たちが、かなり来ている。


松江5


松江6

松江で見たのは此処と、城の周りのみ。
意外と見たいものが離れていた。

今日もそば。
そば、美味い。そば。









【2008/10/22 03:48】 日本を歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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出雲
出雲1

出雲は、今から7、8年も前、来ようとして台風で飛行機が飛ばず来れなかった場所だ。
そのとき一緒に来ようとしていたメンバーが去年、出雲を旅行した、と言う。

出雲2


出雲3

さすが出雲大社。おみくじはオリジナル。

出雲4

ここにお金が刺さると、幸せになれるという。
投げてみるとなかなか難しい。

出雲5

お嬢さんがたのように控えめに、可愛らしくしていては刺さらず、
威勢よく「投げつける」ようにしなければ、ならなかった。
能動的に、がむしゃらに。
...幸せになるには、格好つけていてはだめなのだ。


出雲6

出雲と言えば、蕎麦!
海外での変な蕎麦の味にも慣れた私には実家で食べる、そこらへんのスーパーの蕎麦ですら美味しいものだったけれど、これはかなり美味い。
日本で1週間も過ごせば、あっという間に舌レベルが上がる。
そういえば私は食べることが大好きだった。

出雲7


出雲8

本日の泊まりは松江温泉。



【2008/10/21 23:31】 日本を歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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飛行機に乗って
羽田空港1

久しぶりの国内線。
チェックインもギリギリ。
それにしても、なんと沢山の人がいることか。...チェコの国際線空港よりも、よっぽど人がいる。

羽田空港2

東京の空

空からみる東京の風景。
久しぶりに見ると圧倒される。その中にいれば気がつかないことだけれども。
沢山の建物。その中には沢山の人々がいて、そこで暮らしている。


帰ってくると、ついつい予定をいれすぎてしまう。
親子2人でエスケープ。



【2008/10/21 15:08】 日本を歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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Step Step Step もしくは Step by Step
関東へ

関西帰りのバスの中で考えたことは。
私たちは、一つの夢をクリアできる年頃なのではないかということ。

日本に戻って、部屋の掃除をしながら昔の自分がやりたくてやりたくて仕方のなかったことをクリアしたことに気づいた彼女。
ワインを呑みながら、「30代、楽しいよ。30代が世界をまわしてるんだよ。」と言った彼女。
気がつけば、他の友人たちも一つ「夢」をクリアしていたりする。
そして私も。
自分のしたいことにむかって突き進み、そして、その結果に大小あれど満足できるということは、とても幸せなことだ。
自分の成果に満足し、新天地を探す人たち。「何か」を手に入れ、そして次のステップへ。
それぞれ自分のしてきたことに対する自負もあるだろう。
だからこそ、次を見つめられるのだ。

「憧れが夢に、夢が目標に変わったとき、必ず人は大きくなれる。
夢は叶えた瞬間に夢じゃなくなる。」
そんなことを言っていたのは誰だったであろうか。

数年先にしたいことはあるけれど、今、その数年先までにする何かを。
ステップを探そう。
もしくは、次のステップに完全に移ることのできる「何か」を。
テンポラリー・ステップ。


【2008/10/19 23:01】 日本で独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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宇治川を越えて
京都

そして京都へ。
大阪も名残惜しいけれど。
ここでも待っててくれる人がいる。
大阪から僅か一時間。
よく晴れた気持ちの良い光の中、電車に乗って、宇治川を越えて。
こんなに幸せでいいのだろうか、と自分の持つ幸せを疑ってしまう。

彼女は私の10年前を知っている。
ジタバタしてきた私を知っている。
離れているが故に、いつも私を見ていてくれた。
焦ったり、弱さゆえの無駄な言葉ばかり吐き出してみたり。そんな私が話すのを、いつも聞いていてくれた。
会えばただ楽しかったり、力を貰ったり、「友達」にも様々な種類がいるけれど、彼女はいつも私に不思議な安心感をくれる。
彼女にとって、私はどんな存在なのだろうか。
会えばポジティブな感情を与えられる、そんな存在でありたい。
ずっと。
私にとって、彼女が不快な思いをする原因であったことは、唯の一度もないけれど、
でも、これから先、そういうことがあったとしても、何があろうとこの気持ちを思い出せば、私が彼女を失うことを選択することはない。
それが人の本質を知る、ということだろう、と思う。
それは、彼女だけに限らず私にとって、大切な人たち、皆がそうなのだ。

鴨川沿いで呑むワインは美味しかった。
次はもう一本、持って行こうね。



【2008/10/18 23:39】 日本を歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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大坂にて
短期間の帰国は忙しい。
ゆっくりしようと、いつも思うだけれども。
結局、買い物やらなにやらよりも、人に会うことを優先してしまう。それが一番必要なものだと自分で知っている。家族は勿論、それぞれ仕事が忙しいのに時間を作ってくれる友人たちも、有難い。

大阪に行くのは2回目だけども、初めて来た大坂の記憶は「大阪城公園でカキ氷を食べた」ということだけだ。
蝉の声が五月蝿かったこと、そして緑の中の城。

大坂 なんば
ザ・大坂!!
ベタベタ観光、楽しい。
食いだおれ太郎とはスレ違いの私。がっかり。

大坂 アメ村

大坂 落書き

落書きも好きだ。

大坂 自販機

...。
大坂、凄い。
何が凄いといえば、この自販機で平然と飲み物を買い始めた友達が凄い。
やっぱり関東とは違う。


ヨリコのお好み焼き

プラハで食べたお好み焼きが生涯でベストだったけれども、彼女は自己ベストを更新してくれた。
お好み焼きは美味しい食べ物だったのだ。
ネギはたくさん、いれよう。

Tak se uvidime zase ,nekdy nekde !!



【2008/10/17 23:30】 日本を歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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春の匂いを風を
いろんな思いを抱えつつ、思い出すのは3月の桜。

青葉の森公園 桜

1%でも力が余っているときは、諦めない。逃げない。
諦めて、投げ出したり、格好つけたりすることほど、楽なことはない。
簡単に捨てられるほど、もう子供じゃない。
這いつくばって感情をブチまけて生きることの方が、なんぼか強くて美しい。
昔から思っていることを躊躇なく実践できるようになってきた。
それは、強くなったということなのか、
やるだけやってからではなければ、諦めきれない程、生に対する執着がでてきたということなのか。

私は今の私が愛おしいけれども。


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【2008/10/13 23:12】 日本で独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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日本へ
ミュンヘンの秋

秋のヨーロッパから、まだまだ暑い日本へ。
20~25度なんて気温をフラフラしている日本では、寒がりの私がいつも汗をかいている。

日本を出てから三年以上。
帰るたびに、体質が変わったり感情が変わったりしているのを感じる。

ここに住み、長期休みで日本に帰る。
以前は、「何かを見たい」という気持ちで旅行をしていた。年をとったのだろうか、最近ではなかなか腰が重い。
長距離フライトが嫌いで、それでも、いつも私を向かわせるのは人に会いたいという気持ち。
飛行機の中で液晶に映る現在地がシベリア大陸を越え、日本へ向けて南を向き始めると顔が緩むのを押さえられない。
無論、今の私の家はプラハにあって、私の居場所も、友達も、プラハにある。
それでも、親や友達や、自分の国にいる大切な人たちに会いたくて私は航空券を買う。
そして、またプラハに戻る。

日本に帰る。
チェコに帰る。
どちらも私の家だ。


【2008/10/12 16:20】 日本で独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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Oktorberfest
175th Oktoberfest 1

9月終わりから10月初めにかけてはワイン・フェスティバルやビール・フェスティバルが各地で開かれるシーズンであり、どこに行くかと迷うものである。

Oktoberfest:オクトーバーフェストは、お酒が好きな人なら一度は聞いたことがあるであろう、世界最大のビール祭で(ちなみに2番目はブラジルで開かれてる、とブラジル人が言っていたけれど真偽のほどは知らない)、近年は日本でも開かれているという。
こちらに住居を移してからずっと、行ってみたいと思いつつ、なかなか行けなかったものの一つである。4回目の秋、初めて足を運んだ。

このミュンヘンで開かれているオクトーバーフェストは、ミュンヘンの醸造所以外のものは出せない。
Spaten-Franziskaner-Bräu:シュパーテン
Paulaner:パウラナー
Hofbräu München:ホフブロイ
Hacker-Pschorr :ハッカープショール
Löwenbräu :レーヴェンブロイ
Augustiner Bräu Wagner KG:アウグスティナー
たった6つの醸造所のビールのみが販売されている。
例外として、Sekt(スパークリング・ワイン)を売っているところもあった。


175th Oktoberfest 6

民族衣装を着て楽しむあたり、言ってみれば夏の花火大会のようなものだろうか。
この格好、青空の下で見るは良いが、前日の夜の気温は零度近かったというのに、そんなときでも同じ衣装。
郵便局も出て、記念スタンプを出していたりと地元にとって身近でそして大きなイベントなのだろう。

175th Oktoberfest 5

ビールを呑めない人、家族連れもたくさん来る。
呑めない人はレモネードを頼む。
小さな子供連れの人は昼間に来るのだろう。夜の喧騒はさすがに並じゃなかった。
移動遊園地の規模はかなり大きい。
写真に写っているアトラクション、前日の寒い夜、1リットルジョッキを片付けたあと、乗った。
勢いとは恐ろしい。
近くの教会が綺麗だった。

175th Oktoberfest 3

今年の大きなテントの数は14。
原則としてテントの中、もしくは外の席を手に入れなければ、ビールを手に入れることもできない。
ビール祭に来ていながら、ビールが呑めない、これはかなり厳しい状況だ。
週末の夜のテントは予約で埋まっており、寒い中ようやく見つけた外の席で呑んだ。

175th Oktoberfest 2

ここのテントが一番大きく、9300人収容。
銘柄はHacker-Pschorr:ハッカープショール。

175th Oktoberfest 4

ビールは1リットルが普通。
1リットルあるとジョッキが重く、持ち上げるときに片手でいけない。

175th Oktoberfest 7


この175回オクトーバーフェストにはおよそ600万人が来場、660万杯のビールが呑まれ、20万個のグラスが盗まれた(souvenir-hunters tried to steal almost 200.000 glass steins)。
オフィシャルHPより。
勿論、私の部屋には、20万個のグラスのうちの一つがある。


【2008/10/05 23:04】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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ミュンヘンへ
ここに来た主な目的は、オクトーバーフェストだけれども、

モダン・ピナコテーク

こういうところがドイツだと思う。
こういうものが文化だと思う。

百合の花香る美術館にて。



【2008/10/04 23:33】 チェコでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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