椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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「じゃがだよ、じゃが!」
アイルランドに限らずヨーロッパ人は芋(ポテト)ばかり食ってるけれど、本当にこの国は芋ばかりだ(クネドリーキは存在しない)。
さすがポテトが不作で何万人も飢えて死んだ過去を持つ国だけある。
「なんでアイルランド人は芋ばっか食っているんだ?」
と聞くと必ず、「それはイングランドの支配のせいでな...」と始めるけれど、「じゃあ今は?」と聞くと肩をすくめるのが常。

一ヶ月ホームステイしていたときには、本当に芋にムカついていた。芋ばっか大量に食ってられるかよ!!
指輪のサムの「じゃがだよ、じゃが!(poteto!poteto!)」という台詞が頭の中をめぐる。ゴクリな私は「何をするんだよう!」としかキイキイ泣くことしかできない...。
しかし、芋は安い。

じゃが
これは凄い。これは酷い。

ポテトチップの広告だ。
このキャラクターも芋。
そしてトラック一面を占める芋...。本物だ。
安いとはいえ、ジャガイモも食べ物です。大切にしましょう。そんなことしているから、じゃないも飢饉になるんだよ。

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【2007/05/20 19:15】 アイルランドでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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the lives of others:Das Leben der Anderen:善き人のためのソナタ
2007年アカデミー賞受賞作品。
ベルリンの壁崩壊数年前のベルリンの話。一人のシタージ(国家警察?秘密警察?)が脚本書きと女優のカップルの生活を見張る。が、彼らの生活を覗いていくうちに、摘発をやめるばかりか証拠を隠し助けてしまう、というのがメインストーリー。
結局、左遷され手紙を検閲する仕事にまわされ、壁崩壊後は広告のポスティングをして生活。ふと脚本家が自分がされなかったことを疑問にかんじる。彼はそのシタージの存在をしるが、声をかけることをやめ、彼のために一冊の本を書く。

懐かしのパネラークにトラバント。そんなに凝らないで、時代背景を演出。
画面にうつる殆どの場面は主人公の住むマンション(マンションじゃないってパネラークだって)と張っているアパート。路上に何台かトラバントを停車させたら終わりだ。使われているチューブ入りのパプリカは私も使ってた。友達がハンガリー土産にくれたものと同じだ。

とても良い話だと思う...しかし、残念ながら私の心は、こんな人がシタージに存在するだろか、と疑問を感じるほうが強かった。私の伝え聞く社会主義は、優しい要素が存在しないものばかり。
殆ど笑いのエッセンスがない映画であった。
茶化してしまおうというチェコ映画とは違う。やたらと感動しやがれ!要素が組み込まれるハリウッド映画とも違う。まるでドイツの国民性が切り取られたような映画。私のイメージではとても真面目に自分たちの過去と向き合っている、それがドイツだ。チェコのように被害者面をするのではない。同じ負けても、日本のようにタブー視していない。イタリアのように忘れているのでもない。
それが私のドイツのイメージだ。

先日、本屋で世界を変えたスピーチという本が立てかけられており、その表紙には「Mr. Gorbachev, open this gate! Mr. Gorbachev, tear down this wall! 」が印刷されていた。
補足しておくと、これは1987年当時アメリカ合衆国大統領だったレーガンがベルリン、ブランデンブルグ門の前でしたスピーチの一節である。
ベルリンの壁がなくなったとき私はまだ小さかった。それでも壁の上に人が立っている映像は私の中に強烈な印象を与えた。開かれたのはベルリンの壁ではない。開かれたのは世界の扉だった。
チェコに来て、初めて行った海外はベルリンだ。見てみたかった。
ドイツは気に入っている国の一つだ。大体、ドイツやらスイスやら精密機械を作れる国は清潔でキッチリしていて日本人の私にはとても居心地が良い。ラテン系の方々のように365日24時間ハシャぐこともない。多くの人が云う「ドイツ語はハードで怖い」とも私は思わない。私が次に言語を習うとしたらドイツ語が良いと思っているくらいだ。
この映画をみて、もう一度ベルリンに行ってみたくなった。
シタージの本部が置かれていた場所が見学できるらしい。

【2007/05/19 23:32】 映画 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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Dublin生活事情:留学編「ダブリン語学学校」
前回述べた「何故か周りに日本人がいない」という話である。
結局、以前の学校には私がいた3ヶ月の間、日本人は私のみであった。
そして、学校を変えた。
...どうやら、また日本人がいなそうなのである...。
ここまでいくと日本人の知人が欲しいとかそういうレベルではない。
何故いないのか。
ともかく不思議なのだ。
確かに私はコスト優先で選んだ。
いないのか、私のほかには。コスト優先で生きなければならない日本人は...。
ちなみに現在、私の日本人知人は2名。
...正直いって、ここまで来ると日本人がいようといなかろうとどうでもいい。

日本人に限らず、だが、留学をするときには同じ母語を持つ人間がいないところを、と望む傾向がある。
どこの学校にも溢れんばかりにいるブラジル人ですら、そう述べる。
(母語を話したくないのならば、同じ言語話者同士でも他言語で会話すればいいなじゃないか、というのが私の意見であるが...現にチェコにおいて2年半一度も日本語を話してないという子がいた)
海外において、母語を話すこともストレスになるときもあるし、母語を話さないこともストレスになることがある、また同じ国籍を持つコミュニティにいることがストレスになることもある。というのが私の経験からきたことである。

チェコにおいて私は日本語を話さない日というのは少なかった。
元・旦那がいたときは当然。
4-5日、日本語を話さずチェコ語のみで生活することを初めて経験したときのことは覚えている。
脳が疲れた。
私は日本人の友達に連絡をとると、いつもとは違う早口で話していた。
が、その後暫くもチェコ語のみ、という日が続いた。
現在は...慣れてしまった。
正確にいうと日に何度か日本語を話してる。独り言を。

当たり前のことだが、あわない同じ国籍の人間といるよりも、国籍に関係なく気のあう人間といるほうが楽しいのだ。
同じ国籍だからと言って、誰とでも仲良くできるわけがない。日本においてもそうであるように。
日本語が話したくても日本人なら誰でもいいわけじゃないし、チェコ語を話したくてもチェコ人なら誰でもいいわけじゃない、英語もしかり。
語学を学ぶときに一番重要でかつ難しいのが、話相手を見つけることなのは私だけであろうか。

ちなみに英語だけ話していれば早く上達するかというと、そうでもないのが現状。
残念ながら。
ただ英語も不自由ならば、チェコ語も不自由。そして、かなり自信のあったはずの日本語までちょっと自信なくなるという状況に陥っている...。
言葉は使わなければ、衰える。

それでも、「日本人のいないところへ」と希望する人に教えてあげたい。
日本人にむかって日本人のいないところはどこですか?と尋ねるよりも、日本語ではない言語により情報を得ようと思えばいいだけの話。

【2007/05/16 11:20】 アイルランドでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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Dublin生活事情:住居編「I'm looking for a FLAT!!」
ダブリンについて散々文句を言いたおし、(チェコに)帰国する日も段々と近づき、やっとこの街にもスプーン一欠けらほどの愛着がでてきたところである。

3ヶ月も終え語学学校を変えてみた。
...90%は経済事情によるものだ。
チェコを発つ前からアイルランドのダブリンの物価の高さに恐れをなしていた。...暮らせないようだったら、3ヶ月で戻ろう、と考えていたのだ。ダブリンはヨーロッパで一番物価が高いと言われている。一番かどうかはしらないが、ともかく高いのは事実であり、ヨーロッパから来た人々も異口同音に言う。「ダブリンは物価が高い」

ダブリンにおいて今まで一番苦労したのは、家探しである。
...私の知る家探しをしている人、全てが苦労していた。
そして(私にとって)べらぼうに高い家賃。
多くの人たちがホームステイを一ヶ月ほど申し込んでくる。その間に家探しをしようとするのだ。例外なく私もそれを施行した。
結果。
4週間では家は見つからず5週目に同じ学校に通う、同じ頃にアイルランドにやってきて、同じ時期に家探しをし、ルームシェアではなく新しい家を借り、逆に何人かで住もうとしている友人に拾ってもらえた。
その間もホームステイ先からは恐ろしい話をきいたりした。私のホームステイ先には私を含め3人だけだった。シングルルームといいつつ、一人で入ってはいるが、ベッドが二つあったりしていつでも、2人詰め込めるようになっているような部屋であった。ちなみにアイルランドの家は狭い。部屋も狭い。
が、私はラッキーだった。
中には同じ家に学生が10人もいるのだそうだ...。クラスメートも言っていた。僕の家は6人学生がいるんだけどバスルームが一つしかないんだ。
...。
ちなみに現在、私は一人部屋ではない。
なんとこれが、2人の男の子と同じ部屋なのだ(現在、居候がいるので3人)。
つべこべ言ってる選択肢は私にはなかった。
ホームステイは高いし、遠いし、好きなものは食べられないし(これが一番の理由であった)。これ以上は続けていかれない。そう判断せざるを得なかった。このチャンスを逃したら、フラットを手に入れることなど不可能。
ここはブラジル人ホステルかよ!と思いつつも、その居候のおかげで家賃は安い。
ダブリン、センターにおいて250ユーロもしない家賃なんて場所を見たことがない(センターじゃなくても意外と高いのもダブリン)。ちなみに居候が去っても300ユーロもしない。...
ダブリンの物価を知っている人ならばこれが、どんなに格安なのかわかることだろう。
(...周囲と比較してこれは安いといえるが、一緒に住んでいるブラジリアンズにとっては、ともかく高いそうだが...)

これは私個人の勝手な意見だが、この国は元来、人が来る国ではなかった。
人が去る国であった。
そのため住居も少なかった、のだが、ここに来て突然、移民が来るようになったために、その収容先に追いついていないのではないかと思うのだ。
現にアイリッシュですら家を探すのは大変なことだという。
この国は今、現在、バブルなのだ。
...バブルの行く末をみたことのある国の民として、これから先どこに行くのか大変興味深い。

私は海外で日本人と住んだことがない。
だからどうした、ということもないのだが、こういうものは同じ国籍どうしでコミュニティを持ち、回していくものが多いのだ。「誰かが帰国する」「引越しする」そういう理由により、空いた席に座れるというものだ。
が、ここダブリンにおいて、いつだか記述したように、日本人の知人がいなかったのだ。一人も。
同じ国籍の人がいないとたまに困ることもある。
【2007/05/15 03:45】 アイルランドで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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世界の男どもよ!!
先日、友人と話していた折に盛り上がった話題。それは、
「男は文句があっても訴えない」

オランダ人:旦那はポルトガル人とブラジル人:旦那はブラジル人。
最初のテーマは何であったのか。ブラジル子ちゃんがバイトを辞めさせられたという話から始まったように思う。
もし何か言いたいことがあったら、言ったほうがいいよ、という私とオランダ子ちゃん。
彼女、ブラジル子ちゃんは、なかなかなかなか言い出せないタイプ。自分ではそれが礼儀正しいと思っている節もある。
わたしもポルトガルで仕事辞めさせられたことがあってね、と続けるオランダ子ちゃん。
その頃、私ポルトガル語話せなかったのよ、だから旦那が最初に電話したんだけど、あっという間に会話が終了したかと思ったら
「で?どう?」
「うん...大丈夫だよ」
何が?何に対して大丈夫なんよ!私、電話したわ。ポルトガル語習い始めて2ヶ月だったんだけど、旦那がびっくりするくらいに流暢に話せたのよ、そのときは(笑)

思わず相槌をうつ、私とブラジルガール。
「そう、うちの旦那もそうなのよ!!」
そう、男は苦情を言うのを嫌うのだ。
日本人だけかと思っていたら、こんなところに世界共通項が。
なあなあで済ませるのが一番、と思っているのは日本人男性だけではないらしい。(全ての日本人男性を知っているわけでないけれど)
言ったかと思えば、適当に言って終わり。それは私たちを納得させるためだけにしているからよ!一人だったら絶対しないのではないか。
面倒な役・嫌な役引き受けなければならないのは女性。何故なら「我慢」がストレスになるのは女性。男性にとって、主張するほうが飲み込むよりもストレスになるのだろう。
日本において、日本人は主張しない、だの、言われてるように思うが、なんのことはない。世界どこに言っても同じ。という話である。

ちなみにブラジル子ちゃんがバイトを辞めさせられた理由は
「君は...英語の勉強をするべきだよ」
さもありなん...。
私よりも英語の話せない彼女が働いていたのはパブ。彼女は全くパブに行きつけているような子ではない。全く知らない単語。知らない会話。
アイルランド訛り+酔っ払った客+騒々しいフロア(概してアイルランドのパブは煩いくらいに音楽がかかっていたりするところが多い)

全く違う話を一つ。
ホテルで働いていたというオランダ子ちゃんが「苦情」に関して、もう一つ、面白い話題を提供。
それはインド人について。
インドの方々はホテルのフロントにて第一声「I'm from India」と自己紹介をご丁寧にしてくれる方々がいると。
...大爆笑。
大体、インド人は文句や我侭をいう人が多くて、私はインド英語だってすぐわかる。そして、私、とうとう言ったのよ。「I'm from Holland」
私も次回は是非試してみる。
「I'm form Japan」

【2007/05/14 02:34】 アイルランドで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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馬車
散々、ここは「日本の小さな街のようだ」と書いてきたが、ここがヨーロッパだと感じることを。

現在は私はかなりのセンターに住んでいる。(交通費のバカにならないここではセンターに住みたかったのだ)
が、何故か私の家の近くを馬車が闊歩するのだ。

馬車 ダブリン

荷台にみえるは、マーケットで売る荷物。
センターのど真ん中、ショッピングセンターの隣を位置する場所に毎日市がたつ。そこでは、如何にも、なアイリッシュ訛りの強い人たちが店を開く。
そこにいく馬車だ。

朝、荷物を置いた馬がどこに行くのかは知らない。

【2007/05/08 06:45】 ダブリンを歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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それぞれのカルチャー・ショック
授業でカルチャー・ショックについてあつかった。

国籍、どこから来たかにより、何に不満や違和感を感じているのかが違う。シャワーを浴びるのに20・30分待たなければならないことに不満をもらすのはブラジル人。なんだかよくわからないけれど、ブラインドについて述べるのがスペイン人。
そんな中、日本から直接きたわけではない私は、ここダブリンではカルチャー・ショックというほどのものを受けていない。
というよりも、何もかも受け入れられなければ生きていけない国から来た私には全てが瑣末事。
大きなショックを与えてくれたチェコ共和国から来た私には、ここは小さな日本の都市と大差なく、刺激が少なすぎる。「外国に住んでいるのだ」という実感すら湧かない。
私にとって最大の壁である食材だって、アジア・マーケットで簡単に手に入る。醤油にいたってはSPA(コンビニ)ですら売っていたりする。

ツーリスト気分から不満、ホーム・シック、受け入れ、そして新たに気をとりなおして、というのがカルチャーショックをうけるときの図式らしい。

現在、私はプラハ・シックだ。
ダブリンではツーリスト気分はほぼ味わっていない。たいしたショックも受けていない。日本が素晴らしいとか、チェコが素晴らしいなどという気はさらさらない。
プラハに帰りたい。
チェコは外国人にとって住みやすい国ではない。ここダブリンは、その点住みやすいといえるだろう。経済の発展状況も、ビザを取ることも、食事情も。それにも関わらず私はプラハに帰りたい。
ダブリンは悪い街ではないけれど。
もし私が日本から直接、この街に着たら、おそらく好きになれたのかもしれない。

ようやく頭の中からチェコ語を追い出し、英語で物を考えることに慣れてきた私だったが、先週プラハからの友人が来て、約一週間チェコ語ばかりを話していた結果、また逆戻りしてしまった。私のダブリン生活も半分だ。
英語だろうと何だろうと、私にはさらりと母語以外を扱う器量がないらしい。

プラハで人生の長い時間を過ごし、建築に造詣の深い友人のダブリンに対する感想は「町全体が工場のようなかんじがする」だった。言いえて妙。
チェコにはレンガのむき出しのような建物はない。建築博物館といわれるプラハだが、ロマネスク・ゴシック・ルネッサンス・セセッションが主なものだ。イングランドやアイルランドのようなブロックむき出しの建築はなかなか思い出せない。
そして実際、ダブリンには大きな大きな工場が存在する。ギネス工場。その景観たるや、良いものとは言いがたい。
街には街路樹も少なく、センターに住んでいる私は公園に行かなければ、緑に触れる機会がない。野菜を摂取しなければ病気になる、と感じたのと同じように、何か気持ちが良くないものを感じる。アイルランドの田舎は素晴らしいものなのだが。
どこか退廃としたイメージを与えるのだ。この街は。
新しい建物が建ち、経済が発達し、人々が忙しく街を闊歩しても変わらない何か。
この街は私を疲れさせる。
ここにいるならば、日本に帰りたい。

【2007/05/07 06:21】 アイルランドで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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