椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

08 | 2006/09 | 10
S M T W T F S
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
PROFILE
椿
  • 椿
  • チェコ共和国、首都プラハにいます。
  • RSS1.0
LINKS
SEARCH
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【--/--/-- --:--】 スポンサー広告
PAGE TOP
vítkov
天気が良いので、散歩に行く。
大体、ここチェコでは日本のようなショッピングを楽しむ、なんていう娯楽はないに等しい。購買意欲をそそるようなものには、まずお目にかかれず、「買わなければいけないもの」をあるもののなかで、一番マシなものを選ぶことに精をだすだけである。
私の娯楽の一番は散歩。
これは日本よりもはるかに楽しい。公園、そして街中も。途中でビールの一杯でも引っ掛けて歩けば最高だ。
ちなみに冬になると、その唯一の娯楽すら満足にできなくなる。寒い。もっとも、本当に美しいのは冬の、夜のプラハだと思うけれども。それでも迫ってくる冬を前にして、晴れている日にはつい散歩を!と思ってしまう。


閑話休題

気になりつつも行っていなかったプラハ市街東にあるžižkovの丘に行く。
ここの頂上にはJan Žižkaの像がある。Jan Žižkaさんというのは、チェコの有名な武将で、1419年から起こったフス戦争において、活躍した人である。その戦場となった一つの場所がここ、vítkovだ。
もちろん、この地区名、žižkovは彼の名前が由来。
この像は、離れた場所からでもよく見えていたので、かなり大きいものだと想像していたが、思っていた以上に大きい。
Zizkov1

下から見上げる。

Zizkov3


Zizkov2

プラハの街を見渡せる場所はいくつかあるけれども、ここからの景色も面白い。TV塔や住宅がすぐ近くにせまっている。

この丘にはチェコの戦争博物館なるものも建っている。未見。
スポンサーサイト
【2006/09/29 20:21】 プラハを歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
スイスの土産
JDのママが朝早くから朝ごはんをつくってくれる。なんと暖かいものまである。朝ごはんだというのに。
「今日は凄いじゃないか、ママ、ありがとう!!」リビングに降りてきて驚くJean。5人兄弟の仲で一番年上のJeanは、一番お母さんのことを大事にしているように思えた。とても労わっていた。
理由があってお母さんはスイスに来たのだろう。それは幸せな理由ではなく。そんなお母さんを大事にして、プラハのことも大好きで。
お母さんに言われる「去年のクリスマスに日本人の親友ができたって話をしてね。。」。いやいや、こちらこそお世話になりました。いつもいつも飲み歩いてました。

これは私たちからの、お土産よ、というお母さん。
svycarsko16
え...?何故にイルカ?え?イルカ?「本当は犬が良かったんだけどなくて」チェコ人だなあ...犬かよ。え?ちょっと待って。何で、ぬいぐるみ?
「え、え、あ、ありがとうございます。...。」

もらったチョコレートは大変美味しゅうございました。

svycarsko17

【2006/09/24 19:22】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
山とワイン
「おはよう、よく眠れた?」う-ん、まあね。
「そいつは良かった。ここ、もう標高1000M以上だからさ、慣れない人はたまに眠れないんだよね。」
え…早く言えよ。いや、大丈夫だった。昨日は疲れているとこにワインとベヘロフカだった。

だらだらとご飯を食べたあとは、JDと散歩。Lexyは面倒がって来ない。
svycarsko12
川で水切り。そして、
svycarsko13

「その金の(っていうか、白いだけじゃん)の一番上に乗せようよ!!」…私はそれを、こっそり持ち帰った。ごめんジャン。

家に戻ってLexyを拾ってドライブに。スイスは…山だ.
svycarsko14
スイスの何をみるって山を見るのだ。
今日は、山に行って、ベルンの家に戻って、そのあと他の場所で開かれているワイン・フェスティバルに。今日も予定は詰まっている。Lexyは「スイスどう?退屈?何もないでしょ?」と聞くけれど、今の私には心地よい。忙しい場所はもう東京で充分だ。パリもロンドンも私には忙しくて大きすぎる。しかし、まだ若いLexyには理解しがたいことかもしれない。
ひたすら何もないところで、山を見る。昨日よりも曇ってはいるけれども、暖かい空気で山を見る。
牛のカウベルがカランと音をたてている。

スイスには公用語が4つもある。その上、英語が話せるのは当たり前、という場所らしい。この兄弟の住むBernはドイツ語。中には、ドイツ語とフランス語両方の場所もある。途中、フランス語、という場所に行くとそこでは当然「ボン・ジュール」になるのだ。フランス語圏にいるときはうまくチェコ語が出てこないわ、というLexy。そんな彼女は今、大学でロシア語を学ばなければならないらしい。一体幾つの言語を...。


ワイン・フェスティバルへ。Erlachという湖のほとりの小さな町へ。
毎年この時期に開かれているものだそうだ。チェコでもこの週はあちこちで開かれている。収穫祭な感じなのだろうか。
去年30才を迎えたJDはこの湖で船上パーティを開いたと言っていた。お母さんだけが、留守番。弟も、妹も、彼女も皆で一台の車に乗る。日本人な一番小さい私は一番奥の狭い座席だ。「普通、お客さまをここには乗せないんだけど、ごめんね」ええ、そりゃ。キミたちは大きすぎる。
今日はスイスで捕れる川魚料理を食べるという。

ここに親戚の別荘があるという。そこにパーキング。
お父さんも加わって、川魚料理を食べる。4種類くらいの魚が揚げてあるものだ。小さな魚は鮎みたいな味がする。チェコ語は難しすぎて話せないというお父さんだが、英語もかなり怪しい。
一番年下の弟を「グレイテスト・マン(まさにカタカナ英語だった)」と言うと即座にJDが「tallest」と訂正する。ちょっと憮然とする弟。この兄弟は本当に皆、仲が良い。ご飯を食べた後は、勿論ワインの飲み歩きだ。
フラフラと歩く。JDお得意の「散歩」にはお父さんは参加しない。お父さんは一足先に行きつけで呑むのだろう。
svycarsko15
町はフェスティバルのせいか、活気がある。小さい町だが、町中の人が外にでているのではないかと思われるくらいである。町中の呑み屋でワインが飲まれているのだろう。
チェコのブルチャーク(どぶろくワイン)フェスティバルは逃してしまったけれど、今年はスイスの新酒フェスティバルへ。新酒なだけあって、とても軽い。
とはいえ、いつもビールな私にはワインをたくさん呑む事はできない。すぐ酔ってしまった。

チェコで一緒に過ごしたanickaとディスコに行こうよ!!という話もあったのだが、残念ながら明日の朝はプラハに帰るのだ。もう、呑むことも踊ることもできない。ディスコは、またプラハに遊びにきたときに、いつか。
【2006/09/23 19:07】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
Bern観光とアルプスの麓へ
スイスを褒めてます。私にとっては褒めすぎているわけではないが、日本からきたら感動は薄いと思われる。もちろん、スイスだって実際住んでみれば、大変なことがたくさんあるだろうということも承知の上で書いている。これはあくまでも、今現在チェコのプラハに住んでいる(しかもまだたった1年)日本人の目を通しての感想でしかない。あしからず。

Rosengarten バラ公園
「ここは僕の庭さ。」というJD。この近くに住んでいたことがあるので、よく散歩をしていたらしい。…プラハで言えばLETNA:レトナーのようなかんじだ。
眺望も素晴らしく街全体を見渡すことができる。川の碧さが美しい。
高低差のある町並みが高台からみることによって、映えている。同じ高低さがあっても、エディンバラとは違う。石であっても、重くはない。赤というよりは茶色の屋根と窓からそう感じるのだろうか。ここ、Bernもプラハと同じく世界遺産の街だ。
svycarsko2


丘を降りて行くとBarengraben 熊公園にでる。
ここBern ベルンは熊から名前を取っている。ここのインフォメーションで無料の「Bern物語」(勝手に命名)をみる。無料のわりには良い出来。
余談であるがスイスはトイレ無料、清潔、水はそこらへんの噴水で飲める(私は最初に飲んでいいものかどうかわからず躊躇してしまった)という、日本のような微妙に異なるような国である。無料は素敵だ。…その分税金が高そうではある。
そこに併設されているレストランで、ビールだけ呑む。ここの自家製ビールだそうだ。ビール工場と同じ香ばしい匂いに合点がいく。味は…まあチェコには劣るけれど、そこそこ。

旧市街に入る。
svycarsko4
まだ、以前チェコにいたときに「僕らのまちにはデパートがない。アーケードだけだ。」と話していたことがあり、そのときは流してしまったいたが、むしろ、このアーケードはこの街特有の名物のようなものらしい。
そして、上記した噴水もこの街、名物。

svycarsko5
子供食べてる…。

明日、選挙が行われるという建物に、「入れるかも」というかんじでひょいっと進んでいくJD。は・入れたけれどもさ…!普通じゃないよ。
svycarsko3
確かに、とても良い眺めと綺麗な庭。なんだか頼んで、ホールまで見せてもらう。…。JDはスイスでもチェコでも、持ち前のJDさでいる…。私もこれくらいスマートに生きていきたいものだ。

やはり、ドイツ語圏のためか似た空気を感じる。でも、もうすこしばかり柔らかい。首都でありながら街全体が清潔であり、ここちよい。治安も悪くないようだ。…でも、ハッキリいって街行く人々の服装はチェコより、すこしお洒落…というか、清潔感がある、という程度のもので、どんぐりの背比べ。

街を散策したあとは、またJD邸に戻り、Lexyやお母さんと一緒にご飯。スイスの一般的な料理らしい。
svycarsko6
このお家では、最初にお皿を2枚重ねて、出してくる。日本人庶民の私にはまるでレストラン。プラハ時代に彼の家でごはんを食べたときも、彼もそうしていた。

夕方からは別荘に行く予定だ。
svycarsko8

svycarsko7

近くのスーパーに買出し。広い。そして清潔。…正直言ってここらあたりで、プラハと比較してしまう疲れる。すべてが清潔なのだ。(プラハよりは)なんのために、日本からチェコに来るのかわからないと言われることが多々あるが、まさに自分もそう思う。なんのためにスイスからプラハへ?(いや、お母さんがチェコ人だから…)

svycarsko10
別荘から。
別荘に行く途中にJDがマッターホルンがどうの、あの山が…と説明をしてくれる。が、半分は眠りのなか…
一休みしてから散歩に行く。
svycarsko9
裏を流れる川。日本の温泉街みたいだ。なんでここに温泉がないのか…!(いや、ここスイスだって…)
シーソーではしゃぎまわるJD-Lexy兄弟、本当に仲がいい。暗くなり、帰路についたあとは
JDのパスタを食べ、イタリアワインを飲み、そして何故かベヘロフカ(チェコの養命酒のような味のするアルコホール)で乾杯をする…。へんなスイスの夜。
スイスでありながら、別荘の中もスイスとチェコと何故かオランダのものが溢れている。
svycarsko11
チェコの絵本作家の絵が飾られていた。JDは知らないというけれど、有名な人のものだ。
【2006/09/22 22:10】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
Dobry den!Jean-Daniel
初めてバスで海外に行ってきた。
行き先はスイス。
週末を利用して、金・土・日の2泊3日の短い旅。行きはバス、帰りは飛行機だ。
Jean-Daniel(以下JD)が去ることが具体的に決まり、寂しくて仕方のない私は、スイスに押しかけることにしたのだ。
プラハのフロレンツ・バスターミナルを夜9時に出発、スイスランドの首都・Bern ベルンに明朝8時前には着く。バスは寒くも暑くもなく、さほど混んでいない車内で、疲れていた私はかなりよく眠った。
チェコ・ドイツ間の国境での星空を見上げながら、この星空に慣れている人が日本に行ったら驚くことだろうと思う。

7時40分。予定より10分早くバスはBern バスターミナルに着く。
JDはまだ来ていない…。
7時50分。
JDはまだ来ない。周囲にいる待ち人のための迎えの車が続々とやってくる。彼はどんな車に乗ってくるのだろう。彼の職業を考えるとBMWなどでもおかしくはない。
8時。
彼は悠々と歩いてやってきた。歩きか…。
ハグをすると、そこはかとなくアルコール臭がする。
…呑んでたのか、コイツは…。

朝食を食べようという彼とバスで彼の家に向かう。
バスの駅はとても清潔、いや、街がとても清潔だ。Bernに着くまでに寝ぼけ眼で車窓から見るスイスの街は、先端すぎない新しいものと、古くからあるような建物が同居しているように見えた。古臭いプラハから来た私にとっては、新しいものが目についたのだけれども。
バスから見る景色を彼が、説明してくれる。

ふと、彼の腕をみて私は笑いが止まらなくなった。
「Co?(何ー?)」という彼に、「素敵なスイスの時計を持っているね」と返す。
腕には、へたくそな落書きの時計がある。
夕べ、友達と会い、呑んでいるときに「朝早いから帰る」という彼に、友達が描いたものだと言う。
いつまでも時間があるステキな時計だ。
スイスの男は時間に正確と言い、私のスイス製の時計を自慢している(私のだって!)彼。
さすがに、素敵な時計をお持ちだ。

彼の家は、「村と街の間」にある。朝露に光る木々がなんともいえず綺麗だ。くもの巣には水滴が光っている。夜行バスで眠たい頭に気持ちがいい。
svycarsko1

家にはお母さんと、妹のAlexandra(彼女もプラハでほぼ一年間一緒に過ごした。以下Lexy)がいて、これから大学の手続きに出かけるのだという。「マーマ、早くー」と言うLexyと「自分でできるから大丈夫だよ」というJeanの声を後ろに、お母さんが朝食の世話を焼いてくれた。
JDはLexyに「臭うって(アルコールが)言われちゃったよー。」などと話している。なんだか…家族団欒。

フランスには及ばないが、チェコより美味しくてやわらかいクロワッサンを蜂蜜をつけてたっぷりいただき、ハムも、チーズも少々。
コーヒーを飲みながら、お庭を勝手に散歩する。簡易のプールがあったり、何故か卓球台があったり。小人さんもいらっしゃる。家に傍の屋根のあるスペースにはテーブルと椅子がある。ここでごはんを食べたら、気持ちが良いことだろう。

休憩をしたあとはBern半日観光。彼のおうちの車はフォードと三菱。
そうだった、彼は庶民な男…。
【2006/09/21 12:55】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(1)
PAGE TOP
友達が来た
日本で初めてチェコ語を習ったとき、一年だけ一緒にならんだ友達Mがチェコにやってきた。
大学一年生だった彼女は大学卒業をむかえようとしている。
そのとき彼女は冬のチェコに一人旅をしていた。今回は、そのとき以来の海外旅行。また一人。
バルト(エストニアでボランティアをしたようだ)を廻って、そしてチェコへ。

そのクラスは5人だった。そして、私も含めて3人がチェコに留学した。
この語学スクールはなかなか濃いところで、プラハに住みだしてから、以前にそこに通っていた、という人と友達になったりもしている。
(大体、チェコ語を習おうとしたら、選択肢は限りなく少ないのだ。そして次第に人数が減っていくのでクラスが合同になるのだ…。)

私がここに来てから、何人かの友達がチェコに遊びに来た。
この語学スクールに通っていた友達だけでも数人いる。
さまざまな人がいる。
今回の彼女のように、何年か前に齧っただけでもちゃんと、いくつかの単語も覚えていて、チェコに興味があって、自分一人でも楽しんでこれる人。
何年もならっているのに、チェコ語を習っているのにもかかわらず「プラハが怖い」(←ならば来るな…)という、私には理解しかねる理由において、一人で出歩かない人。普通の観光客はチェコ語なんて一言もわからないのに…。

私の家はペンションではないし、私は通訳でもなければガイドでもない。
私はここで生活をしているのであって、一週間も二週間も、つきっきりで面倒をみろ、というのはどういう了見なのか。
(更に勝手なことをしたうえに、他人にその責任をとらせる奴までいる。)
無償でそんな生活ができる人間がいるのならばお目にかかってみたい。
生活をすべて潰して、高い入場料を払ってまで、一緒に観光したいなんていう友人はそうザラにはいない。
いつもはしない外食をムダにするのも好きではない。(お金もムダならチェコの重い料理ばっかり食ってられるか)
何も予定のないときに、数日、ということならば理解もできる。
一人で住んでいるわけでもない。
ルームメイトだっている。
私の家に滞在する以上、私に従ってもらうのは当然だ。
私が法。
大体、人様の家に滞在するのは、滞在する本人だって気を使って嫌な気分になることがあるはずだ。
そこを「友人だから」「滞在させてもらっているから」という心で乗り越えていくものだ。
滞在させるほうも「友人だから」という理由において、好意で滞在させて、時には一緒に観光するのだ。
お互い気をつかうのが当然だ。
それは、私が客の立場になっても変わらない事実。
そんなことは当然だと思っていたけれど、チェコに住むようになってから、自分にとって当然だと思うことが他人さま当然ではないと、同じ国籍を持つ方々に思い知らされることが、あまりにも多い。

この夏、私の家には3人のゲストが来た。
うち、一人。
非常に不快な思いをさせられた。
金銭面だけならともかく、私にとって大切な友達との関係まで崩れた。
彼女との仲だけだったらば、こうも不快ではないだろう。
ここで、大切にしていた人間関係。
自分の生活が壊れるくらいならば、私はもう他人を「好意」において泊めたりしない。

++++

好奇心の塊のようなMとのお散歩はとても楽しかった。
ぴょこぴょことあちこちを動き回る彼女の感性は新鮮であり、懐かしいような。
私にとって非常識な人とつきあうことに疲れていた最近、ほっとできる存在だった。…いつ来るかもちゃんと考えておいてくれよ。

michi
あんまり一緒に歩く時間がなくて、残念だったと思う。。

KAME
私信:私も買った。この子のためにブルーオニオンのお皿を買って、海を作ってあげたい。
【2006/09/21 09:56】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
PAGE TOP
きのこ狩り
きのこ狩り。何故だか、チェコではきのこ狩りが人気がある。
(戦時中はパンよりもキノコのほうが手に入りやすかったんだ、と聞いたときは衝撃的だった。が、今は既に戦時中ではない。)
この季節のチェコではきのこのいっぱい入ったバスケットを持った人たちを見かけるだろう。
ニセチェコ人生を体験したい私は、友達から「明日暇?」と連絡がきたことを良いことに、「きのこ狩りに行こうと思うんだけど(君が全部計画したまえ)」と答えた。

11時、待ち合わせ。この設定時間で既にチェコ友人のやる気がそんなにないことがわかる。きのこ狩りに行くのは通常、早朝だ。かと言って、私にも「きのこが欲しい!!」という欲求があるわけではない。「きのこ狩り」を体験したいだけなのだ。

プラハから程近い村にある山に入る。この山の所有権がどうなっているのかは知らない。遅い時間だったのにもかかわらず、他にも何人かのきのこ狩りの人たちに行きあった。…この山の所有権がどうなっているのかは知らない。
一緒に行った友人は頼りない奴だけれども、「これはダメ!!」というものだけはわかる。さすがチェコ人だ。
しかし、この時間に、素人に、簡単に見つかるきのこといえば、概して、食べられないものが多い。
きのこ1
名づけて、1DOWNきのこ。スーパーマリオブラザーズ、に出てくる1UPきのこを彷彿とさせる外見だが、勿論、こんな、おもちゃのようなきのこが食べられるわけがない。
1ダウンですめば良いのだが…。

天気の良い日に森の中を散歩するのは、きのこなんて取らなくても充分に楽しい。
首都圏で生まれ育ち、東京という世界稀にみる大都会で生存していた私が、木々の中や、何もないところでこんなにも充足感をかんじられるようになってきている。高級感や知的な香りのする自然ではなく、全く何もない自然。最後には木に腰かけ、のんびりしていた。


「ママに(きのこが食べられるかどうか)みてもらうよ」と言う、友人にかばんを預ける。
3時間後には、私たちが発見した数倍のきのことともにかばんを返された。彼のおうちには現在、きのこがたくさん溢れているらしい。
きのこ3


きのこ2
私の好きなキノコ。
【2006/09/10 23:45】 チェコで暮らす | TRACKBACK(0) | COMMENT(5)
PAGE TOP
HERGETOVA CIHELNA
チェコに来て、一年。
一応「お祝い」ということで珍しくもちゃんとしたレストランに行く。
幾つか候補をあげつつ、お店をのぞいた結果、KAMPA GROUPの「HERGETOVA CIHELNA」に行った。
カンパグループの一番有名なカレル橋の袂にある「kampapark」は、わたくしたちにはちょっと高すぎ。そちらよりもちょこっとだけカレル橋から離れるけれども、こちらも良い眺めを堪能できるレストランだ。観光客が溢れかえっているカレル橋は、すぐ目の前よりもちょっと離れたほうが良いような気もする。ちなみに、私が最初に行くつもりでいたレストランはカレル橋が見えるが、人の顔は認識できないくらいの距離のところだった。そこは残念ながら本日貸切パーティ。
ちなみに、私の中での良い眺め、というと夜は「プラハ城を含めた景色」が一番好きなのだけれども、何故だかそんなレストランはあまりない。夜は、川を見るよりもプラハ城を眺めたほうが断然美しいのに。
日が沈まないうちにブルタヴァ川でボートを漕ぎ、日没とともに橋を眺めつつごはんを食べた。

気になるお料理。
無国籍料理…?
HERGETOVA CIHELNA
…興味本位で頼んだ「うどんナントカ」。辛い。しかし、うどんをこんな風に使うなんて、さすが西欧人。日本人にはなかなかできない発想だ。野菜がたくさん食べれたのは嬉しかったけれども…!
ちなみに、チェコ料理というカテゴリーに入っていた、野うさぎはとてもとても美味。ちょっと生クリームが多く使われているような気がした。多分、上記の辛いものと一緒に食べたから余計に感じるのだろう。

すてきなレストランの少ないプラハにおいて、貴重なレストラン。誰か友達が来た時に予約して席を確保していくのもいいかもしれない。というか、お高めレストランはそんな機会がなければなかなか行かないので。

【2006/09/09 23:13】 食べ物・飲み物 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
Na shledanou Jean-Daniel
チェコに来てから、ちょうど一年になる日、一番仲の良い友達がプラハを去った。
前日、お別れパーティが開かれた。
驚くほど友達の多い彼のパーティでバーをほとんど貸切状態だった。
(このバーのお店の人も彼の友達の一人)

JD party2
彼はスイス人とチェコ人のハーフで、半年チェコ語を勉強し、半年、働いていた。
チェコのプラハのトラディショナルなところを愛する彼から、トラディショナルなホスポダを、カフェを、公園をプラハの素敵なところを、チェコでの楽しみ方をたくさん教えてもらった。
冬は突然、雪合戦をしだしたり、夏はアパートの中庭に入り込んで、他人の家の天井を見上げたり(城付近の古い建物の天井は素晴らしく美しいんだよ!)、そんな彼は国では弁護士。。。チェコ語も上手く英語もドイツ語も少しのフランス語と多分挨拶程度のイタリア語も。。。を操りつつも驕ることなど決してない彼の周りにはいつも友達が溢れていた。
確実にインテリでありながらも、いつもバカなことばかりする彼と過ごすのは本当に楽しかった。
さほど社交的とはいえない私だが、毎週のように(週に幾度かということも度々…)呑みに行っていた。
私なぞよりも格段に上手にチェコ語を操る彼と一緒に過ごしたおかげで、私のチェコ語は少しは上達したと、私は本気で考えている。
ロクに話せない私をいつも誘ってくれた。よく我慢してくれたものだと思う。
最も容赦なく、小難しい話もしようとする彼はそれを我慢と思っていなかったのだろうけれども。。
私がチェコで過ごした最悪の日、電話をくれたのも彼だった。

そんな彼がプラハを去る。
私が来て、一年目の日に。
彼が帰るのは知り合った当初からわかっていたことだけれども。
本当にプラハが好きな人で、過ぎ行く時間を惜しむかのように、
先月にはプラハ城の夜景を眺めながら、
「なんて綺麗なんだろう。って、僕たちは何回言ったか、覚えていないくらいに言っているけれどね」
などと言ったりしていた。
私もその景色が、何度見ても飽きることがないくらいに好きだ。

帰る準備で忙しい彼だったが最終日の前日も、その前日も一緒に過ごす時間を作ってくれた。
パーティ当日、多くを語ることは不可能だった私たちは、そこで最後ののんびりとした時間を過ごした。

お別れパーティ当日、明朝、7時に起きなければいけない、と言い、「23時には帰るだろう」と言っていた彼が店を出たのは早朝4時半すぎ。メトロの駅で別れたのは5時5分前だった。

彼の余韻は街の至る所に溢れている。
Jean-Danielを思い出すことは容易だ。
私の一年目が終わった。

JD party

【2006/09/07 23:44】 チェコでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
Karel Ⅳのパレード
街の南にあるVyšehrad ヴィシェフラッドからpražský hlad プラジュスケーフラッド(プラハ城)までパレードが行われていた。
何故だかわからないけれど、名目は「KarelⅣ カレルチトゥブルテェー のパレード」。何故この時期に行われるのかは、わからない。そんなに大きな祭りではないように思える。
Vyšehradは少しばかり伝説的な場所で、大昔、一人の農夫がプラハを起こす、と予言したリブシェという女性が住んでいたという場所である。
現在はプラハ城よりも建てられたのが新しいとか諸説あるようで、あくまで伝説。
そこから、Karlovo náměstí カルロボ・ナームニェスティ(この、カルロボ、というのもカレル4世を指す)
→Václavské nam ヴァーツラフスケー・ナーム(このヴァーツラフは違う人)
→Staroměstoské nam 旧市街広場
→KrulůvMost カルルーフモスト所謂カレル橋(このカルルーフもカレルさん。カレルさんの作った橋)
そしてプラハ城とKarelⅣに縁の場所の方々を廻る。あちこちでミニイベントをしたり。
旧市街広場には屋台がでて、今年初めてのブルチャーク(ワインどぶろく)を呑んだ。

pruvod KarelⅣ 1
このような格好をしたした人が、馬が、通る通る。
プラハを知っている人はわかるだろうが、この行程は、トラムも走り、人通りもかなり激しい。
旧市街広場からプラハ城なんて王道の観光ルートだ。

…通常、日本ではこのようなパレードが行われる際、道路は閉鎖されたように思う。
が、この街では閉鎖されない。
カレル橋の手前に信号がある。
信号は通常どおりに動いている。つまりは、王様は信号待ちをしなければならない。。。
そして、信号が青に変わる。
この信号はすぐに赤になってしまう。
前の道には、大勢の観光客。信号が青になってから…交通整理。
遅い…!
ハイ、赤。
…先頭を行くは、警察の騎馬隊である。

pruvod KarelⅣ 2
てれてれ歩きます。
pruvod KarelⅣ 3
まあ、中にはちょっと気合を入れている人も。

ちなみに、この人たちはバイトで、なんとお給料は1000コルナ。
かなり良いバイトである。
が。
なんと本当は当日もらえるはずのお金が手に入らない、という事態に…。
どうやら、思ったより人が多く集まった、ということらしい。(多分)
そして、今日中にイタリアにむけて旅立つ人々がいるので、その人たちを優先に、と説明していた。
憤る人々。事務所に押しかけるも、代表者をたてたようだ。
交渉の末、彼の発した言葉は…
「今日は金はでない。パンもタバコすらもでない!!」

明日、どこやらの役所までお金を取りにいく、ということで片がついた。。。

追記:マラソンが行われるときは、さすがのこの街も閉鎖される。
【2006/09/03 23:03】 チェコで暮らす | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
PAGE TOP
| BLOG TOP |
RECENT ENTRIES
CATEGORY
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACKS
ARCHIVES
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。