椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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椿
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Divoký kemp:野蛮なキャンプ
キャンプに行った。
私のチェコ人の友達は…ワイルドである。ワイルドなんていえば、ましな言葉だけれども、なんというのか野性溢れる…野蛮な…シティガールな私とは違うやつらだ。そんな彼らは夏中キャンプに行っている。何度かキャンプに誘われ、何度か断ってきた。
「私はエレガントなの」
すがりつく犬のような彼に、「1泊だけ」ということで了承した。もう夏も終わる。これが最後の機会かもしれない。
しかし、日本で行われているようなステキなキャンプではない。1泊が限度だ。
寝袋をルームメイトに借りる。リュックを買う。そう、私はリュックすら持ってなかったのだ。
寝袋に食料に水。化粧品類は洗顔とハミガキ。顔は洗いたい。

プラハから南に。Písek ピーセックとČeske Budějovice チェスケーブデヨヴィッツェの間くらいにあるBavorov バボロフという町がある。そこから更に7キロ。そこはキャンプ場ではなく、朽ち果てそうな、朽ち果てている途中のような城である。
彼らはそこで、中世の服のような格好をしイベントを行う。
それを見に来い、ということなのだ。…やれやれ、可愛い子たちだこと。

Helfenburk1
天守閣にあたる部分(城の屋根部分)は崩れ落ちているが、塔は健在。
見晴らしは格別。

Helfenburk2
勝手にたてている旗。

Helfenburk3
この木の下で寝た。

何もすることがない私は、イベントの一環で来ている馬に乗って手綱を引いてもらったり(30コルナ:150円くらい)。キャンプファイヤーの近くでお昼寝したり。本とコーヒーを持ってこなかったことを後悔する。
Helfenburk4

Helfenburk5
彼らのイベント、の後の子供向けコーナー。私もちゃっかり参加して、(チェコの剣なのに、などと言われながらも)「騎士証明書」をGET。やった!
イベントが済んだ後は、すっかり、くつろいでビールである。
剣を振り回す彼らはイベントの前には呑まない。

ここには、スタンドが一軒。ソーセージとパン、それと飲み物が購入できるだけである。
言い換えると、そこ以外には電気も水もない。
シャワーなんてあるわけがない。手を洗ったり顔を洗ったりする水は持参。飲料水は…水は貴重なので半分はビールを呑む。
小屋がある。しかし、床はゴツゴツと突起している。寝る場所を選択するには、野外かその床を何らかの方法で騙して寝るしかない。
私は星の下で寝た。
だから1泊だけなのだ。
これはキャンプではなく、野宿、もしくは野営、と言えるだろう。
私の生涯初のキャンプはこんなにも野性的。
でも、周りのチェコ人はそれを気にする様子はない。むしろ、楽しいでいる。

Helfenburk6
羊もいる。
Helfenburk7
山羊もいる。

彼らはずっと、衣装のままでいた。
夜、炎の光のもとで火を囲んでいる彼らをみると、果たしてこれが2006年で良いのかと思う。
木の枝にソーセージをさして焼く。木製の食器類。鳴り出すギター。
…マントを被って寝ないでください…せめて寝袋使おうよ。
日本で行われている、ステキなキャンプは遠い。
ちなみに、彼らのうちの何人かをこっそり「馳夫さん」「ファラミア」と命名している。

彼らはこれを好きでやっている。報酬は夜のビールとグラーシュの差し入れのみ。
可愛い子たちよ。
でも、私はelegantní zana:エレガントな女性。
そう主張しておかないと彼らのなかでは生きていけない。
人生のなかで最も野生的な日だった。
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【2006/08/26 23:54】 チェコでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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Zámek Konopiště
プラハから電車に乗ること一時間、Benešov ベネショフという街から歩いて20~30分ほどでKonopiště コノピシュチェ城につく。
(ちなみに、駅名は「Benešov u Prahy」つまり、一時間も乗っていながらまだプラハの近くってことなのだが…。チェコの電車は遅い…。)
Konopiste1
歩く道の半分は街部分、残り半分は何もないところを悠々と歩く。この国に住むにはアウトドア用品が必須アイテムなことを、ひしひしと感じる今日この頃。…私はシティな女の子なのに…。

Konopiste2
軽く食事をしてから丘の上にある城に向かうことにする。ビールの銘柄はここの城主の名にちなんで「FERDINAND:フェルディナンド」。…日本のビールに似ているような…。炭酸はキツくはなかったけれど。注ぎ方は上手かったので、こういう味なのだろう。
Konopiste3
にここは、城といっても長い間、貴族の館だったわけであって、「砦」など戦争で使用した城ではなく、むしろ「館」のような建物に見える。それでも一応、堀なども現存し…熊くんがお昼寝中。
Konopiste4
この城の歴史はとても、古い。どうやら1300年ごろに建てられ、当時は戦争にも使用され、そして長いときを経て、何人もの城主の間で売買、譲渡がされた。最終持ち主は、オーストリア皇太子フランツ・フェルディナンド・デステ皇太子、そう、かの有名な第一次世界大戦の引き金にあのなったサラエボ事件で暗殺された「オーストリア皇太子」なのである。
当時はもう城としてより家として機能していただけなようだ。

この城は見学ツアーでなければ入ることができないのだが、コースが3つに別れている。どれも所要時間が1時間くらいとたっぷりあり、頻繁にあるわけではないので、全てをみることは不可能。そしてまた入場料が高い…!…セコイ。
迷いに迷って、フェルディナンド公のお家見学コースを選択。
場内に一歩足を踏みいれて、皇太子公の趣味の悪さに辟易。壁中ずーーーーーーーっと自分が狩猟した獲物の剥製が並んでいるのだ。一つ一つに狩猟日が示されている。ハッキリいって、ウザい。
ガイドブックには記されている。
「数の多さから、大公の狩猟好きは病的、マニア的であったとおもわれがちである。-略-彼の性格を紹介した、偏向的なものである。当時の事情を十分知っていた人間にとっては理解できないものではない。」
…しかし、かれのマニア的性格は、それだけではない。
ヨーロッパで最大級を誇る武器コレクション。その数4618。
快適で優雅な生活のためには技術と衛生が不可欠。その心意気やスバラシイ。セントラルヒーティングと電気。そして多すぎるほどのバスルーム、バスルーム…またバスルーム。
家族の肖像画もやたらめったに多い。絵、絵、絵。
どうも、するときは徹底的に、という心が窺える。そんな彼はマニアであろう…。
そんな彼の趣味につきあい、1時間のツアーを終えたころには「もういい!」というアップアップな気分を味わえる。もう、他のコースまで行こうとは思えない。

Konopiste5
そんなちょっぴり疲れた気分を癒すために庭を散策。
カプチーノを飲みつつ、休息。ここは落ち着ける…。
【2006/08/24 23:18】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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コンサート IN HOSPODA
呑んでばかり、と思われそうだが、またhospoda ホスポダ(居酒屋)な話題。hospodaにルビがつかなくなる日も近いだろう。
とあるhospodaに行った。
何度か行ったことがあり、美味しい美味しいピルスナー・ウルケルを出す店であり。いつも、混んでいて、入れない日もしばしばだ。
綺麗とは言いがたいところだけれども、国会議事堂や政府機関の多い場所にあり、その手の人たちも来るという話(ホントかどうかは疑わしい)。
散歩の途中に食べたくなったステーキをめざし店に入ると、そこはいつものように人が溢れていた。
店はカウンターのあるスペースとないスペースに別れており、カウンターのあるほうは、明らかに入れない。もう一方のスペースは、空いてはいるが「リザーブ」の札が置かれている。そこのテーブルに座る一人で新聞を読むおじさんに尋ねる。
「この札はあなたのですか?座ってもいいですか?」「どうぞ。」
こういう店には常連のために「リザーブ」と書かれている札があるときもあるからだ。
ちなみに私はこのように、店員でもないのに店員と同等の立場にいたり、また客を振り分けたりするような人を「主(ぬし)」と呼んでいる。テーブルだけだったり、お店全体だったり、主はスペースを持っていて、そこに立ち入るときには挨拶をして入るのが好ましい。
こうして、美味しいビールとステーキにありついていると、、主の仲間らしき人が一人二人と集まりはじめた。何故だか楽器を持っている人が多い。
そして店員のおばちゃんが一言「歌ってね」と、主にむかって言った。
え?今日は何が行われるの?と思いつつも居座っていると、彼らは楽器をとりだしはじめた。
そして演奏が始まった。

U HUROCHA
どうやら彼らのセッション場所がこのホスポダで、月に2回ほどこのお店で集まっているそうだ。
ギター・リュート・チェロ・バイオリン。
ビールを片手に、またある者は腹ごなしをしてから。
大体がいい年をしたおじさん(おじいさん?)で、若い人が一人だけ混じっている。
一曲ごとに拍手をするとか、そんなことはせず、ただ、たんたんと演奏されていく。
それでも、みんな満足げ。
仲間でも、弾かないで、ただ歌っている人もいた。最初に声をかけた主も歌うだけ。しかし、歌っているだけの人のほうが、まとめ役のように見えた。


人が集まると、誰かが楽器を持ってきていて、歌ったりすることは多い。
しかし、ホスポダが練習場所になっている現場に出くわしたのは初めてだ。
日本では音楽で合奏する際に練習場所に困ることが多かったというのに…。
チェコな出来事に驚きつつも、楽しく美味しいビールが呑めた。

次のコンサートは2週間後。ぜひまた聴きに行きたい。
歌詞がわかれば一緒に歌えるのに。

【2006/08/23 23:02】 チェコで暮らす | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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プラハで見かける変なもの。
最近、気になる街角。
divny

…これは何だろうか?
建物の1階部分の庇(と言ってよいのだろうか?)にちょこんといる。
私はここ何週間の間に3箇所見かけた。
最初に見かけたのは、プラハ城から続く道のLoretanska。次に見たのはNarodni Tridaの近く、Na Perstyne。
divny2

そして今日、MUSTEK、Jungmannovaで。
これが何を意味するのか全く想像できずにいる。
…何かの…自由研究とか?
誰が知っている方がいたらお教えください。
【2006/08/20 22:59】 プラハを歩く | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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棲み分け
何人かのチェコ人の友達がいる。
たとえば、一人。20歳。自分で土産物屋でバイトして、週に300コルナの習い事のお金を自分で払うことができる。車も持っている。チェコ料理は嫌い(だって体に悪いもの)。タバコは吸わない。ビールもそんなに呑まない。勿論、英語だって話せる。
たとえば、一人。22歳。いっつも同じ洋服を着て、いつもホスポダ(居酒屋)にいる。タバコはチェコの銘柄。チェコ料理が大好き。勿論、英語なんて話せない。所謂、学がない。

後者は、カフェにすらロクに入らない。自分の世界をきっちり守っている。
以前、ビールを飲みたくなくて、夜カフェに入った。そこは、明らかに彼らの領域ではなかった。
思っていた以上に萎縮してしまった彼らを見て、申し訳ない、と思い、その後に結局、ホスポダに行った。
違う日に外で待ち合わせをする機会があった。
私の知っているお店で、チェコ人が多いお店を2軒、提案した。あいにく彼の指定した1軒はその日、閉まっていて、もう1軒に向かうことになった。
そこは彼にとって初めての店、ということで彼は店内を見渡していた。
そして言った。「○○(自分の吸っているタバコ)が置いてない」
ドキリとした。
私が思っている以上にこの世界は厳しい。

彼らは瓶で買うときにいつも安いビールしか買わない。
初めて私の家に来たときに、彼らは私のために、私の好きな銘柄のビールを3本、持ってきた。そしてワイン。
自分たちが呑むように安いビールをたくさん買い込んできた。

前者も後者も同じチェコ人で、同じように礼儀正しく、純粋な子たちだ。
ただ、私は後者の子たちの世界に入るときには、すこしばかり注意しなければならない。
彼らも、私が本当は違う世界に属していることを知っている。
彼らは私たちに、ちゃんと敬意を持って接してくれ、私が望んでいる以上、ゲストとしてそこに存在すること認めてくれる。
私も尊敬している。
彼らの誇りを傷つけることをしたくない。

Vaclav


ちなみに私の吸っているタバコは大抵のホスポダに置いてある。
私の吸っているタバコはきっと中間。
【2006/08/16 00:37】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
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Hrucice フルシッツェ
プラハの夏は過ぎて涼しい日々が続いている。
キャミソール。の上に半袖か七部袖のニット。の上に、これ日本では晩秋に来ていたのだが、というニットのロングカーディガン。
また暖かくなるとはいうけれど。。。

チェコ人の友達と日本から遊びに来ている友達とHrusice:フルシッツェというプラハから程近い村に遊びに行った。
ここは、チェコの「国民的」絵本作家ヨゼフ・ラダの生まれた場所だ。絵本が有名なチェコのなかで一番有名な絵本作家だと思う。年末には何パターンもの彼の絵を使ったカレンダーが売り出される。
彼の絵はチェコの田舎の生活を描いたものが多く、昔の(ともするとそんなに変わっていないだろうと思われる)チェコの四季が窺い知れる。

プラハ本駅(Hlavni Nadrazi)から電車で1時間弱。距離的にはそんなに離れていないはずだが、なんといっても、チェコの電車は遅い。
そしてHrusiceへは、駅から歩いて20~30分はかかる。
小雨の降るなか歩いて、ラダの絵によく描かれている教会のすぐそばのhosupoda ホスポダ、居酒屋に入る。ここのモチーフはラダ。

Hrusice1

居酒屋といえども、子供も多く、多分、ラダの博物館を見に来ているのだろうという人たちも多かった。
壁に描かれた絵を除けばチェコの典型的hospoda。
でも、店のおじさんの着ているTシャツにもラダの絵が描かれている。
(ちなみに私はこのTシャツを購入)

昼ごはんを食べた後、ラダの生家跡を見て、村はずれの方角にある美術館に行く。
けして大きな場所ではないが、他にも来訪者がかなりいる模様。私たちが行ったときにも先客、そのあとにも更に人が来ていた。
受付のおばさんが一部屋一部屋展示を説明してくれ、日本人には説明書きの書いた紙を渡された。
Hrusice2
日本語訳もかなり展示されていた。たぶん、日本語の文字が見た目が珍しいからだと思うけれども…。

Hrusice3
馬やヤギが飼われていたり、駅からの途中の小川にはがちょうも。
最近すっかりチェコの自然が好きな私には満足できる場所だった。
たくさんイラつくことはあるけれど、こののったりとした時間の流れが好きだ。
「大都会」プラハに住んでいるから感じられる余裕なのかもしれないけれども。
【2006/08/04 23:10】 プラハから国内へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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プラハ的夏の飲み物2
今週に入り先週までの暑さが一段落、風も涼しく、このまま秋になってしまうのではないかと不安にさせられる。
あんなに長かった日照時間も刻々と短くなってきている。(と、言ってもまだ9時近くまでは明るい。多分。)

日本と違い、ここには、冷たいお茶だのウーロン茶だの、そんなあっさりととした水分をとれる存在しない。
つまりは大抵の海外同様、甘ったるいジュースか、さもなければ、「お金をだして」水を買わなければならない。
ジュースも水も冷えてなかったりするので最悪。

この国で間違いなく冷えているものといえば、第一にビール。
(ちなみにワインは冷えすぎていることがよくあるように思う。)
日本の女の子は「ビールのめない」という子がよくいるように思うけれども、チェコビールと日本のビールは全く別物。飲んでみてほしい。
それでも、ダメ。という人には、これがおススメ。
MOJITO(モイト)
MOJITO
実はこれ、何度もお目にかかっていて、何度も人からちょこっともらったりしたことがあった。
最近、仲の良い友達が飲んでいて、私も頼んでみた。
最初の感想は、「葉っぱ」。
ところがこれ、慣れると美味しいのだ。ラムと砂糖、そしてミントの葉をいれたカクテル。たっぷりの氷。そしてライム。たっぷりミントにライム。甘いはずだけれどもスッキリする。
どうやらキューバのカクテルらしいのだけれども、何故かプラハでよく見られる。頼んでいる人も多い。
そして多分、本当は「モヒート」と呼ぶ模様。「モイト」はチェコ語読みなので、チェコ以外では使わないでいただきたい。

写真はラズベリー・モイト。
他にもグレープフルーツとかいろいろあったり。もちろん何も入っていないシンプルなものもあり。

とはいえ、カクテルはチェコではチェコとは思えないくらいに高いので、家からお水かウーロン茶を持っていくのがお利口さん。
ウーロン茶の葉はチェコでも手に入る。
【2006/08/01 17:46】 食べ物・飲み物 | TRACKBACK(0) | COMMENT(3)
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