椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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放置しているあいだに。
アイルランド、スコットランド(エディンバラのみ)、イングランド(オックスフォードとロンドンのみ)に行ってきた。
急にチェコにもう暫く残ることが決まり、慌しくも旅をしてきた。
アイルランドは以前から行きたかった場所の一つで。
勿論、スコットランドにもものすごく興味があったのだけれども、
今回の旅行はオックスフォードに短期留学している友人を訪ねることも、斬ることのできない目的だったので、一週間すこしの行程でこんな旅となった。
もし友人がいなかったならば、イングランドには行かなかっただろう。

とてもステキなところだった。
アイルランドは日本語で愛蘭(土)、と書く。
イングランドに征服されながら、ずっと戦ってきて、そんな歴史を持ちながらもどうして人々は優しくなれるのだろう。
現在、南のアイルランドの首都、Dublinダブリンは急速な経済成長をしている。
優しさは失われてしまうのだろうか。

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【2006/06/29 21:57】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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20.06.06 Dublin→Edinburgh
いいけげんに、この駆け足の旅行に嫌気がさしてくる。体力的にもしんどい。疲れてくると気分も苛々してくる。

ダブリンでは実はギネスにしか興味を持っていなかった私だが、昨日呑みすぎた頭を起こしてケルズの書を観にトリニティ・カレッジまで行くことにした。
The book of Kells ケルズの書は8世紀に制作された聖書の写本。アイルランドの国宝だそうだ。それがトリニティ・カレッジの図書館に所蔵されている。
図書館の前には行列ができていた。

ともかく美しい本だった。図書館自体も美しい。映画の撮影に使えそうだ。


スコットランドへ。

この旅行は天候に恵まれていない。また雨だ。アイルランドやスコットランドは雨が多い。それは勿論知っている。だが、6月は比較的天気が良いと言われ、事実、アイルランドでは「ちょっと前までは天気が良かった」などとも言われた。
そんなことは知らぬ、とばかりに連日降り続く雨。
当然、気温も下がり寒い。
出発直前、プラハは暑い日が続いていたことは前述の通り。勿論、長袖だってGジャンだって持ってきている。それに加え、超厚手のセーター、これを毎日のように着ていた。正直、ここまで寒いとは思わなかった。

小雨の降る闇が降りてきているなか初めてみる街、Edinburgh エジンバラ。
この街にはずっと来てみたかった。渓谷の反対側にそびえる城と家々、まるでおとぎの国のようだ。灯りと水滴が余計にこの世のものではないように演出する。
スコットランドを今回の旅行で、じっくり見る暇がなかったのは残念。多分、今回の旅行ではここを入れないほうが他も若干、余裕がでて良かっただろう。
いつか田舎のほうも巡ってみたい。
いつか、ミリタリー・タトゥーを見てみたい。

【2006/06/20 23:46】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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19.06.06 Galway→Dublin
ダブリンまで移動。

Galway

ゴールウェイからダブリンまではバスが頻繁に出ている。

ゴールウェイを離れるにしたがって、景色が変わっていく。
岩だらけの岩垣とでもいうような背の低い垣根が見えなくなる。緑の色が変わる。強く厳しい自然が段々と優しさを帯びてくる。

どこで降りていいのかわからない私たち、降りたところはO'Connell Street近くの川沿い。
ダブリンでの宿は予約してある。

Guinness Storehouse5

ダブリンと言えば、ギネス。

Guinness Storehouse1

ギネス工場は大きかった。
ビール工場特有の匂いがしてくる。
残念なことにここ、ギネスは所謂「工場見学」ではない。エキスビジョンのような形態になっており、ビールの歴史だの作り方だのを展示してある。...展示品にはそれなりにお金が掛かっていることがみてとれる。さすが天下のギネスだけある。一番下の階のショップにはギネスグッズがズラリと並んでいる。

Guinness Storehouse2
船で送られていたときの模型。

Guinness Storehouse3
ギネスマーク。アイルランドのマークもアイリッシュ・ハープだが、向きが反対。

Guinness Storehouse4
最上階ではギネスが一杯呑める。見晴らしが良い。アイルランド、最初で呑んだパブのギネスのような濃厚さはない。呑みやすくクリーミーなギネスだ。
ギネスは何処で呑んでも、そんなに味がブレない。...日本で呑んだときの記憶は彼方だが。チェコでは呑んだことはないけれれど。記憶のなかの味とさほど変わらない。
とはいえ、アイルランド人に言わせると、香りが違う、そうだ。私は舌はまだまだ、なのだろう。


Dublin1

この旅行中、一番リッチな食事を食べる。
ラムは、好きだ。
美味しい。
塩っぱすぎずもなく、重すぎずもなく。疲れた体に入れても、大丈夫だ。明らかにチェコよりもこっちのほうが体に優しい。
アイルランドにはパブメニューに必ずムール貝の酒蒸しがあることも私には高得点。意外と美味しいアイルランド。

ごはんの後はパブ。
ダブリンは今までの田舎よりも総じて、観光パブの数も多い。観光客向けに夜な夜な、アイリッシュ・ミュージックやダンスを行っている。
Dublin2
一軒目。ミュージック。

Dublin3
二軒目。ダンス。

Dublin4

そろそろ、戻ろうかと宿に足を運びつつ、宿近くのお店に最後に入る。
三軒目。ここも、ミュージックだった。だが、アイリッシュ・フォーク。客も明らかに地元の人のほうが多い。もう、暫く呑むことにした。
と、行って閉店まで居座ったことは言うまでもない。


【2006/06/19 23:53】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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18.06.06 AranIsland
Aran Island アラン諸島。
Inishmore イニシュモア島、 Inishmaan イニシュマン島、Inisheer イニシーア島の3島をアラン諸島と呼ぶ。島への移動手段は船、またはゴールウェイからの飛行機だ。勿論、飛行機は天候に大きく左右される。飛ばない日も多いという。
一番簡単に行くには、ゴールウェイからのツアーに参加することであろう。幾つかの会社が出しているが、どれも、港までのバス、島までの船、帰りの船、ゴールウェイまでのバス、それだけのものであった。
一番大きな島はイニシュモアで一番、アクセスが良く観光客向けになっている。

この日は小雨が降ったり、やんだり。「生憎の空模様」というヤツだった。
バスからの視界も良くない。尤も、前日からバスに乗り続け、バス自体にも飽きてしまっていたのだが。格段、船が揺れる、というほどのものではなかったが、島を歩いて散歩、からは程遠い。
島に上がると客引きの馬車、ミニバスが大挙して待っていた。
この島の現在の産業は観光なのだ。
寒い。風も強い。ミニバスでいい。
雨は相変わらずだ。

AranIsland 7

荒涼、としか言いようのない大地が続く。
石が転がり、薄い色の緑が大地を覆っている。背の高い木はほとんど見られない。
こんなに雨が降っても、強風のために育たないのだろう。
人はこういうところでも生きられるのか。

AranIsland 6


AranIsland 2

教会遺跡。8世紀ごろのものだという。
こんな厳しい土地に、そんなものが残っているなんて。

AranIsland 1


AranIsland 3


風は冷たく、雨も降っているが、途中でバスを降ろされる。
島最大の古代遺跡は自分の足で歩いて行くしかない。
1軒のレストラン、1軒の土産物屋、そしてその史跡に入る入口部分にも一応、建物が見える。視界に入る建物はそれだけである。
目を開けているのも辛い。

AranIsland 5


AranIsland 4

Dun Aonghasa ドゥーン・エンガス。90mの断崖だという。
その断崖に向かって半円形を描くように石が積まれている。先史時代の遺跡であり、最も古いものは紀元前1100年、という。あまりにも古い話、大きな単位だ。
凄まじい天候のこの場所で、何も視界に入らない、この切り立った崖。
厳しい自然の象徴のような場所だったのだろう。


ようやく、集合場所にとって返し、パブで温まる。体がなかなか温まらない。
パンツの後ろのポケットに入れていた紙が完全に濡れていた。ここに来るにはゴアテックスが必要だ。

今は観光が主産業だろうけれど、昔はこの島の人々は漁業をしていたという。
有名なアランセーターは船が遭難したときに、誰なのか識別できるように家々の紋章が編みこまれたそうだ。

この厳しい環境において、ケルト宗教といういわばアニミズムが信仰されたことがわかる気がした。人間は自然に勝てない。
自然の力の前では、人間は無力だ。
今も昔も、たいして変わってはいない。

一生に一度、ここを来れて良かった。
そう思うほど、インパクトが強かった。


【2006/06/18 23:25】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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17.06.06 The Causeway Coast→Derry→Galway
Giant's Causeway 8
今日の朝ごはんもアイリッシュ・ブレックファースト。美味い。
意外にもダイニングは重厚な家具が置かれてる。

Giant's Causeway 6
バス停で待つが、バスはやってこない。もうこの地の果てには用はないのに。
今日は一気にゴールウェイまで行ってしまおうというのだ。ハードスケジュール。

アイルランドの電車
Derryまでは電車で。なかなか快適。車両が綺麗、清潔。
この街で、ゴールウェイ行きバスに乗り換える。インフォメーションにてバスの確認、ゴールウェイの宿も確保。国が違っても同じように情報も置いてあり、取り扱ってくれる。
ついでに荷物も預かってくれた。優しい...。
バスの時間まで数時間ある、少しだけこの街を散歩してみることにした。

Derry 1

Derryはアイルランド唯一の城塞都市だという。
小高い丘の上に城壁が残っている。

Derry 2
こんな落書きが目に飛び込んできた。
...。ノーコメント。

Derry 4
Derryの紋章。可愛いのか、シュールなのか。

呑気にカフェに座っていたら、バスの時間が近づいていた。
ここからGalwayまでは遠いのだ。4、5時間だろうか。これを逃したらバスはない。

Derry 3

走る。



バスの窓からは、いつまで走っても変わらないのではないだろうかと思わせる景色が広がっている。
途中、休憩でスライゴーで降りる。
ポテトチップスを買おうとして、もうポンドが使えないことに気づかされた。いつの間にか「アイルランド共和国」に入っていた。


Galwayに着くと外は既に暗く、おまけに雨まで降っている。早くB&Bに行くべきなのだろうが、とりあえずパブに入る。しかし、残念ながらそこは食事はとれなかった。代わりに音楽を演奏していた。アイリッシュ・フォーク。演奏はとても楽しそうで良かったが、腹は膨れない。...しっかりビールは呑んだのだが。

仕方なく、酒屋でアルコールを更に買いつつ、そこで摘めるものを買う。もののついでに、とB&Bの場所を尋ねると、電話してくれた。
今日も、お迎えの車が来てくれることになった。
ありがたい。


【2006/06/17 23:02】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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16.06.06 Belfast→The Causeway Coast The Causeway Coast編
構想としては、本日はPortrushポートラッシュに泊まるつもりだった、が、途中、もらったバスの時刻表が間違っていたことを知った。
ガイドブックにはさも、Balfastから直接バスが運行しているように書いてあるけれど、2回も乗換えが必要だった。
いや、もしかしたらそれ以外の手段もあったのかもしれないが、私はそう思った。
今日中にGiant's Causeway ジャイアンツ・コーズウェイが見れるのだろうか。
なんとかなるだろう。行ける所まで行こう。無理なところで宿をとろう。
そう考えた私は考えなしだ。
バスはいかにもローカル線。乗客数も多くなく、ゆったり座れる。
Coleraineから下校時刻の学生が大勢乗ってきた。制服姿が新鮮。
車窓からDunluce Castle ダンルース城を眺められた。ここらへんのエリアも本当に「田舎」で、
「もし、あなたが望むのならそこがバス停でなくとも停まることができるでしょう」というかんじだ。
世界最古の公認ウイスキー蒸留所があるBushemills ブッシュミルズ、を抜けた。ここに泊まるのも良かったかも。呑みたい。
そんな、くだらないことを考えているうちに、Giant's Causewayに着くことができた。
田舎だ…。
私は、街、というか、村、というか建物が建て込んでいる場所を想像していた。
…建物というものは、バス停傍にあるレストラン、というかパブ。そしてホテルが一軒。あとはインフォメーションも兼ねているお土産屋とナショナル・トラストのみである。後方に人家がちらほら。
帰りのバスがもうないことを知る…。
B&Bは2軒しかリストになかった。
一軒に電話をかける。
…部屋はない。
友達のところを紹介してくれるという。…電話番号を確かめると…もう一軒のことじゃないか...。
「もう一軒」私は目出度くここに泊まれることになった。迎えにきてくれるともいう。
なんて親切なんだ。胸をなでおろす。


Giant's Causeway 


Giant's Causeway 2


Giant's Causeway 3


Giant's Causeway 4


Giant's Causeway 5


名物の六角柱。世界遺産だそう。
でも、チェコにもこういう石の突起している場所はある。

まるで世界の果て、のような場所だ。
この海の先には何があるのだろうか。グリーンランドか。そういう私に、連れが「昔の人は幾人もそう言って、本当に船を出したのだろう」と言う。
私も、その立場であったなら行ったかもしれない、と思う。ここは世界の果て。
兎も角、凄い、という言葉しか見つからない。来て良かった。


ゆったりと散歩をし、宿へ。
やってきたおばちゃんは、とてもファンキーでラブリー。口癖は「LOVELY!」。
車もファンキーでラブリー。窓が壊れ、開いたままの車だった。
「でも、特に問題はないわよ。寒いだけで。」「私が触っても居ないのに開いたのよ!!おかしいわよ!」車内の散らかり具合もラブリーだ。
通された部屋は非常口、と書かれたドアのさらに奥の普段は使われてないような、従兄弟だかなんだかが使っていた部屋、だった。
「私たち出かけたいんですが。鍵いただけます?」
「あ、そうね。そう…ないわ。鍵。大丈夫、問題ないわ」…そうね、問題ないわ…。多分。
とはいえ、この宿、廊下にはお茶とクッキーが置かれ、清潔で家庭的、とても良い宿だった。
牛くさいことを除いては。


Giant's Causeway 7

夜は一軒しかないパブでフィッシュ・アンド・チップス。


【2006/06/16 23:49】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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16.06.06 Belfast→The Causeway Coast Belfast編
午後からはThe Causeway Coast コーズウェイ・コーストに向かう、この旅は駈足だ。

DSCF1938.jpg

アイリッシュ・ブレックファースト。

午前中はBelfastを歩く。昨日よりも空は今にも泣き出しそうだ。
「アイルランドは雨の多い国」…知ってた、知ってたよ。

バスセンターに時間を調べに行くがてら、St.George's Marketをのぞく。

Belfastのお魚

魚!さかなさかなさかな。内陸の国に住む私にとって、これほど歓喜するものは他にないというのに、生憎、それを食べさせてくれるお店はない。
私は食べることのできない魚を眺めた。
ゴクリ。
野菜も果物も、ちゃんと色の良い「売り物」として店に出せる品質のものが売っている。腐りかけのものが平気でスーパーにおいてある、「中欧」と言いたがるどこかの国とは違う。

行ったバスセンターではないところからバスは出発するらしい。
荷物持って移動か、辛い...。
うすうす気づいていたのだが、この街にはコインロッカーが見当たらない。
ちなみに、この認識はあとで間違っていたことがわかる。「この街」ではない。「この国」の間違いだったのだ。
車でまわるはずだったこの旅行。私が持っていたのはボストンバッグ。
こんなことだったら、リュックで来たのに。
そう思ってもはじまらない。

Belfast St.ANNE's Cathedral 4


ケルトの教会だ。初めて見る。
入ったとたんお爺さんが近づいてきた。入場料か、と思ったが、「どこから来たの?」と聞き、そして丁寧に説明してくれただけだった。
思わず浅ましいことを考えた自分を恥じる。
このお爺さん、昔々、日本に行って新聞に寄稿したことがある、と言っていた。
新幹線からみた富士が美しかった、とも。

Belfast St.ANNE's Cathedral 3
屋根部分が木造で暖かみがある。

Belfast St.ANNE's Cathedral 2
港町らしい。

Belfast St.ANNE's Cathedral 1

あまりの大きな十字架に驚いた。


雨が降り出した。

City Hall
ツアーでのみ見学可能。とはいえ、free。Belfastはなんでも無料だ。重い荷物も預けることができた。ありがたい。

Belfast City Hall


私の拙い英語力とおばちゃんのアイルランド英語では、なかなか理解が及ばない。なんといっても、私はこの街の歴史を知らないのだから。
ツアーの途中、突然、アラームが鳴った。
「今、昼食をつくっているからよ。」という言葉の直後、二回目のアラームが。
「…おかしいわね。」
会議をしている部屋からも人が出てくる…。…避難しなければいけないのか…!
荷物もピックアップして、屋外へでる。
そして、立ち入り禁止となった…。
あまり切迫感はなく、タバコを吸ったり。話をしていたり。しかし、ツアーはそのまま「フィニッシュ」を迎えたのだった。
雨は激しく降っている。

歴史を持つ由緒正しいパブでランチ。
フロアが個室のように分かれている(もちろん、立ち飲みスペースは別)。このようなパブに入るのは初めてだ。
私はここでアイルランド初ギネスを呑んだ。
知人のアイルランド人が言っていた「最初の一杯のギネスは私のために呑んで」と。
昨日の夜呑めなかったんだ、悪い、と、彼女の顔を思い浮かべながら呑む。
美味い。まろやかだけれども、とても濃い。
ビール王国、チェコに住んでいる私のビールに対する舌はとても肥えているつもりだ。
注ぎ方も、とても良かったのだろう。
この「彼女のためのギネス」は旅行中、一番美味いギネスだった。
このパブはハンバーガーのバンズも絶妙。ムール貝も美味しかった。
雨上がりのなかバスの旅へ。

Belfastを離れる。
私がこの街に来たかった理由。それは一冊の本にあると前述したとおり。この街の匂いを感じるだけで満足できるだろうと思っていた。
しかし、今、この国の、この街の歴史をもっと知りたいと思い離れる。
The Couseway Coast コーズウェイ・コーストへ。
ここからバスを乗りついで向かうことにする。
多分、この街、ベルファストから日帰りツアーなどを利用するのが賢い方法。
わかってはいた。でも、私はそれを選びたくなかった。違う景色がみたい。
北の西のアイルランドを。

【2006/06/16 13:17】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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15.06.06 PRAGUE→BELFAST
今回の旅行のそもそもの間違いは、自分でロクに予定をたてなかったことだった。
当初、私とダンナとそして友人1名と「レンタカーでまわる」つもりだったのだ。綿密な予定は立てられなかった。しかし、それを狂わせたのは前日の夜の一通のメール。
友人からの、所謂、ドタキャンのメールだった。
本来ならここで突然、予定に修正を大幅に入れなければならなかったのだろう。
しかし、私はその日、仕事をしていた。
帰るのは日付がかわるころ。
つまりは何もできずにマスを進めるしかなかったのだ。

BelfastまではJet2.com、所謂、格安と呼ばれる航空会社で飛んだ。と、言っても時間も普通。早朝でも深夜でもない。
この手の航空会社で飛ぶときの「海外旅行」の怖いところは気軽に行けるところだ。うっかりするとパスポートを忘れそうになったりするので注意。

その日プラハは陽射しも強く、真夏、だった。イングランドは暑いようだけど、アイルランドはどうなのだろう。
アイルランドに近づくにつれて、雲が厚くなっていく。
「アイルランドは雨の多い国」(そして寒い?)
私は持って来ているのはGジャンと、そして昔ニュージーランドで買ったプラハの冬でも着なかった、持っている洋服のなかで一番暖かいセーター。
このセーターは旅行中、大活躍することになることをまだ知らない私。

Belfast、インターナショナル空港は、一目見て、バラック、という言葉が思いつく。
入国審査はEU圏とそれ以外。そうか、入国カードも必要なのか、イングランド。
ゲートをくぐるとそこは、意外に綺麗な空間が広がっていた。インフォメーションにはたくさんの無料パンフレットの類が。広告の類だけではない、ちゃんとした観光案内も無料のものがかなりある。
多くの人がレンタカーでまわるらしい。
センター行きのバスに乗るのは少数。...3-5人くらいだ。

バスは穏やかな地形の道を走る。
ここを車でまわったら心地よいだろうなあ。「センター」で降りるのは、どこだろうか。
近くに座っていた、黒人男性に尋ねる。「次だ。」
次、で彼も降りるらしく、付いて来い、という。彼は時計を見たりして、急いでいるよう。少し歩き、あそこを曲がると着くから、と言って彼は足早に去っていった。
思えば、これが「親切な国アイルランド」の初まりだった。

Ulster Museum アルスター博物館に行く。無料。
何故か「上から見て行ってね」と言われる。
結果、戦いのコーナーでは突然IRAから始まることになる。
私が好きな小説にベルファストのテロリストについての物語がある。それはプラハに来るときに一冊だけ選んだ本。
ほんの10年前のことなのだ、と思う。
こうして飾られているのが不思議なほどだ。
この街の人にとって、それはどれほど過去のことなのか。
街にはまだ、装甲車と見まがうようなパトカーが走り、壁画が残されている。

Belfast1

「北のヤツラはアルコールでイカれてる」と友人のアイリッシュが言っていたけれど、公共スペース(道端や公園)でのアルコールは禁止されているようだ。
タバコも吸えないところが多い。

Belfast HOTEL EUROPA

世界で一番爆破された回数の多い、というホテル。
「Hotel EUROPA」
隣の「GRAND OPERA HOUSE」ともども。


夜のBelfastの街は人通りが少ない。
元々、街の中心以外、人が少ないと思っていたのが、夕方になりぐっと減った。とはいえ、特別、危険な香りはしなかった。ただ、人口が少ないのだろうか。
オシャレなインテリアショップなどもあり、それなりの生活水準を匂わせる。
なるほど、ここはイングランドなのだ。

この日パブではワールドカップをうつしていた。

入ったレストランはどうやら外国人経営。
頼んだ「アイリッシュシチュー」には変わった香辛料が使われていた。
隣の客はアルジェリア人とフランス人。店員は中国人の女のコとこれまたアルジェリアじゃなくて...そこらへんの人らしい(言葉が通じていた)。
そして私、日本人。
どうも外国人の多い地区らしい。



【2006/06/15 08:27】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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明日はテスト
2セメスター、所謂1年コースだったチェコ語の学校が終わる。
正直、飽きた。
もう語学学校に毎日毎日通うなんてできない。
できるようになったかならないかに関わらず、だ。
勿論、チェコ語は馬鹿みたいに難しくて、とても1年なんかで話せるようにはならない。とは言え、私は他の言語をしっかりと習ったことはないのだけれども。
単なる才能の問題かもしれない。

最後の教室

これからもチェコ語を「習う」ということはしたいと思っているけれど、
それは、毎日同じ学校に通うという形ではなくて良い。
週に2、3回、それで充分。
そして、できることなら「チェコ語学」を教えて欲しい。
言葉について。なぜそうなったのか。文化。歴史。言葉の表面を上滑りするのは、もうたくさんだ。

このセメスターでは、途中でアメリカから来ていた大人が帰ってしまい、クラスに子供が多いことも本当に退屈だった。
子供であることが悪いわけではない、精神年齢が子供な人が多かった。
当然、話しも皮相的になる。
所謂、後進国の人が多かったことも原因だと思っている。
いろいろな意味で教育がされていないのだと感じることがしばしば。
もし先進国でのみ生きていたら、こんなことも感じることさえなかったかと思えば、良い勉強になったのだと思う。
一口に「海外に住む」と言っても、パリとプラハでは状況がまるで違う。
私は、それを身をもって体感できただけでも、ここを選んで良かったと思える。
ヨーロッパは広いのだ。


本日学校で問題を解いたら、あまりにも間違えていて愕然。
余談。


【2006/06/09 04:41】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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