| 40年後のチェコ |
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40年前、8月20日夜、ソ連がプラハにやってきた。 所謂、プラハの春が起こり、そして、それに続いたチェコ事件。 40年後にあたる今年、様々はプロジェクトが行われている。 パネルの前で古びたカメラを構える老人がいた。 どんな想いで眺めるのか。 どんな思い出が付随しているのか。

若い世代にとっては、もう遥か昔のことなのだろう。 恐ろしいと思うのは二十歳過ぎの子にとってすら、社会主義の時代が既に昔のこととして認知されていること。 私はベルリンの壁が崩れたときのことを覚えているというのに。 彼女たちはロシア語を話す観光客のようだった。

人間は自由であることに慣れてしまう。 でも、と、私は思う。 チェコ人の性質としてあげられる自分の権利を侵害されたときに発生する攻撃性はこのような歴史から来ていると。 たとえ本人たちが気づいていなくても。 そして、また日和見主義なところも。 日本に帰ったときに、TVでプラハが映し出され、その歴史について語られていた。 静かに沈黙を守りつつも、抵抗を続ける、耐え忍んだ民族、そんなキャッチフレーズだった。 言い換えれば、日和見主義の蝙蝠で、他力本願で、調子に乗ったときだけ頑張って旗色が悪くなるとすぐ逃げる、それなのに権利だけを主張する、そんな風にも言える。 そんなチェコ人の性質が嫌だと言っていたチェコ人もいた。 忘れ去られようとしていた事件がグルジアへのロシア軍事介入によって、記憶を呼び覚まされた、という。 また戦車で脅されるまで気づかない。最初の銃声が鳴り響くまで。

忘れるのは人間の最大の能力。 忘れることができるから前に進めるのだろう。 それでも、忘れないからこそ前に進めることもある。
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【2008/08/30 21:53】
チェコで独り言
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