椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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椿
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欲しいものは
欲しいものは

自分で気がつく瞬間がある。
求めるものは、既に手に入れていた。
けれど、完全な自由を手に入れる為に、一度手を放して。
手放すつもりはないけれど、先のことはわからない。
自由に何ものにも捉われることなく、自分の欲しいものについて考えてみたいと思う。



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【2013/12/10 23:48】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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言葉で断定して理解した気になること
「お嬢さんを見ていると、問答無用で生きよと教えられている気がします」

言葉で断定して理解した気になること

「どのみち未来はないと分かっていても、人間のこころというのは、動くときは動くのだ、と、。否、正確には一瞬分かったような心地になったに過ぎず、瞬きするうちに自分がいったい何を分かったと思ったのかも分からなくなっていた。」

「冷血」高村薫
---
「土地と人間は一体。風景が人間を作るし、行動を決めていく」

「ああでもない、こうでもないと、合田は言葉でもって二人の周りをぐるぐる回っている。昔から、私は人間が言葉ですべて説明できると思いすぎているのが気になっていました。ひとりの人間が罪を犯す、それによって人が死ぬ。それらを言葉で断定して理解した気になることに、もっと慎重になっていい」

わかってもわからなくても、コミュニケーションとしての言葉を放棄することはできない。
顔を見ればわかるだの何だの言っても、体の良いコミュニケーションの放棄に過ぎない。
今あるコミュニケーション手段に感謝したほうが良い。




【2013/12/06 23:23】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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生きている間は出来るだけ感情を偽らずに生きたい
このみちや いくたりゆきし われはけふゆく

この句は、私が知っているだけで、2回、記されている。
一つは「行乞記」文頭。続く日記は、

---
私はまた旅に出た。――
所詮、乞食坊主以外の何物でもない私だつた、愚かな旅人として一生流転せずにはゐられない私だつた、浮草のやうに、あの岸からこの岸へ、みじめなやすらかさを享楽してゐる私をあはれみ且つよろこぶ。
水は流れる、雲は動いて止まない、風が吹けば木の葉が散る、魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥に似たり、それでは、二本の足よ、歩けるだけ歩け、行けるところまで行け。
(九月十四日)
「行乞記」種田山頭火
---


このみちや いくたりゆきし われはけふゆく

もう一つは同人誌という形で出版された「三八九」の中の随筆、
---
私は、我がままな二つの念願を抱いている。生きている間は出来るだけ感情を偽らずに生きたい…...言いかえれば、好きなものを好きといい、嫌いなものを嫌いといいたい。やりたいことをやって、したくない事をしないようになりがいのである。…

私は私自身が幸福であるか不幸であるかを知らないけれど、私の我がままな二つの念願がだんだん実現に近づきつつあることを感ぜずにはいられない。放てば手に満つ、私は私の手をほどこう。
ここに幸福な不幸人の一句がある。――

このみちや いくたりゆきし われはけふゆく

「「三八九」第壱集」種田山頭火
---

感情を偽らずに生きる、それは愚かな旅人として生きていく人生。幸福な不幸人である人生。
これだけ放蕩の限りをつくして「さみしい、さみしい」と言える人は可愛くもあるけれど、傍からみれば、迷惑であることは間違いなく。
頭の良い人からみれば、馬鹿馬鹿しい人生だろう。
何もしない人にとっては「カッコ良い」「良いな」という人生でもあるだろう。
けれど、「いくたりゆきし」にはならない。
「無駄に無駄を重ねたやうな一生だった。 それに酒をたえず注いで、 そこから句が生れたやうな一生だった」
そんな人生を送るには、相当な覚悟がいる。
たとえ、それが覚悟すら決められずにいた果てだとしても。


【2013/11/24 23:45】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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N/A
人の領域、大切にしているものに土足で踏み込まないこと、大切にしてあげること、そっとしておくこと。
これが私の考えるプライベート。

あきらめ


「あきらめ」ということほど言い易くして行い難いことはない。
それは自棄ではない、盲従ではない、事物の情理を尽くして後に初めて許される「魂のおちつき」である。
種田山頭火「山頭火随筆集」


自分が焦ったり、不安に思ったり、それを押し付けるのは。
自分が他人に干渉できるなんて、変えられるなんて、思うのはおこがましいことだけど、それでも、自分と同じような境地には至って欲しくないだけなんだ。
ただ、それだけ。
ウザいと思われてもなんでも、そんときにうっせーヤツが居たな、と思ってくれれば良いんだと。

不安と強気とが交互に訪れる夜。

けど、言いたい。
神様は超えられない試練を与えない、と。

【2013/11/19 23:23】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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自分の物語
3週間ぶりの彼女は大分、落ち着いていて。
けれど、「「寝た子を起こすな」「すっかく忘れかけているのだから、そっとしておけ」は間違いであり、将来にわたって心を苦しめ続ける。ちゃんと語って、「自分の物語」にしてそれを葬り去ることが大切」、だと聞いたことがあって。
ちゃんと心を拾いあげて「物語」を作りあげることによって、前に進んでいけるのだと思う。

美術史美術館

自分が納得できないと、人から何を言われようと前に進もうともしないこと。
けれども、言っていた。
「ひきずりだして欲しい」と思うときもある、と。




【2013/11/16 23:54】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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可能性の示唆
ここ1ヶ月ばかりの出来事を締めくくるような。
そして、それが心の中で落ち着くと共に、他の全てもそれぞれ興味を失っていくような心持ちなる。
けれど、考えていたものを、ほっぽり出してしまわないように。
整理しすぎないように。
興味を失うのと落ちつくのは違うのだ。
いろんな人の心に振り回されて、考えさせられた気持ちは大切にしまっておきたい。

Keep on


先日、コラムを読んでいたら村上春樹からの引用文にに出会った。
「河合さんと差し向かいで話をしていて僕がいつも感心するのは、彼が決して自分の考えで相手を動かそうとしないところである。相手の思考の自発的な動きを邪魔するまいと、細心の注意を払う。むしろ相手の動きに合わせて、自分の位置を少しずつシフトさせていく。たとえば僕がそのとき小説を書いているとわかると、僕を(あるいは僕の作品を)誘導するような可能性を持つ発言はきっぱりとやめてしまう。そしてほとんど関係のない話をする。それでいて結果的に、自然な思考水路のいくつかの可能性を示唆して、その行き先を僕自身に見つけさせようとする。少なくとも僕にはそんなふうに感じられた」
河合隼雄・村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』前書き、新潮文庫

随分前に読んだことのある本であり、正直、読後の感想は、「ふうん」という程度だった。
けれど、時を経て、このような邂逅をすることがある。
人の心の中にある ちょっとばかり重たいものを相手にすることは度々あることだけれども、私は、常に自分の意見しか言えていない。
それも、かなり直裁的に。
私は、そのような性質なのだから、と思っていたけれど、時と場合によっては。
さて、明日はどうするかな。


それとは別に、昔も今も隙さえあれば、他人に甘えようとする自分。




【2013/11/14 22:38】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。
どこまで踏み込んで良いのかわからない

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。





【2013/11/02 23:23】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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