椿日記
-チェコにて-まだ性懲りもなくプラハにいます。

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椿 ワカナ
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シュトーレンを食べるということ
シュトーレンは大きい。
一度に食べるものではなく、少しずつ食べるものだからだ。

先日、シュトーレンを友人宅で食べたときのことを、思い出す。
この夏中「夏に聴くクリスマスソングっていいよね〜」と、クリスマスソングを聴かされていた家で。
きっと、私は、今年のクリスマスにこのことを思い出す。
来年の夏にも、このことを思い出す。
切り取られた写真のように今日の日の記憶が残る。
そう思いながら、食べた。
「みんなで過ごすクリスマスは今年が最後になるんだ、という予感がした」というハチクロの竹本くんの台詞がよぎった。
予感ではなく、確信。
過ぎ行く時が愛おしくかったあの日。

夏のシュトーレン


変わったようで全然変わってない自分に気がつく一瞬。
いつも同じようなことを繰り返して、失うものがあった。
人は簡単に変わることはできないことはわかってたはずなのに。
変わった気になっていた。
勿論、変わったところも、たくさんあることも知っているけれど。
私は良い方向に変わっていっているのだろうか、こっちに進んで行ってよいのだろうか。
少しだけついたつもりでいる自信の中身を掘り返してみると、そんなことを思わされた。

こんな私が未だにここにいる。
こんな私を周りの人が支えてくれて...私がここにいるこことは、私だけの力ではないのだ。
わかってたはずのことを再確認させられる。
立ち止まって休憩をいれるのは悪いことじゃない。

シュトーレンが大きいのは、こうして一年のことを、昔の記憶を振り返るためなのだろう。


【2008/09/27 23:15】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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秋と冬のはじまり
YOUTH GOING STEADY

永遠だと思える瞬間は確かにあった。

それでも、止めようもなく時間は誰のうえにも公平に降りていき、
そして、もうすぐ、夏が終わる。



【2008/09/13 10:14】 チェコでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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道程
僕の前に道はない 
僕の後ろに道は出来る
ああ 自然よ 
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため 
この遠い道程のため

僕の前に道はない 

「道程」
有名なこの詩、最初は120行だったそうだ。
余分なものを削ぎ落としてみれば、言いたいことは9行。

この国に住むうえでの書類関係ミッションの最難関、外国人警察に行ってきた。

「待ち時間」としては、これまでで一番長い間待った。
6時間待ってチケット一枚取れて、「私たちはラッキーだった、チケットが取れたんだもの」という人に感嘆の目を向けつつ、10時間待って「ま・終わったんだからいっか。」と思った私がいた。
発想の転換、と、言うこともできるけれど、気がつけばこれがチェコ人気質、と呼べるものではないかと思い当たる。

環境に慣れる、忘れる、そんな能力を人間はいつも必要としている。
3年前の自分ふと、振り返り、思い出す。
いろんな言葉を呑みこんで、まだここに立っている自分。
強くなるって案外、そんなことなのではないだろうか。



【2008/09/09 20:35】 チェコでの記録 | TRACKBACK(0) | COMMENT(4)
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6回目のドレスデン
ようやく...というかんじながらも、6回目のドレスデン。
もう、当分は来ることはないだろうと思い、クリスマス・シュトーレンを買った。
日本でもクリスマス前になると、ちらほらと見かけたこのお菓子、ドレスデンが発祥の地だと言われている。当然、観光の目玉でもあり既に販売している。日本で食べたものよりも、遥かにどっしりと重い。実は重量的にも重くて、1キロという単位で売られるものである。

エルベ川の畔で

ドレスデンはいつ行っても、ドイツ人観光客が多い。
こじんまりとした街でセンターだけながらも、歩くのに地図は既に全く必要ない。


【2008/09/04 18:01】 チェコから海外へ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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チェコ事件
painted like 1968 1

街のあちこちにソ連を揶揄するペイントがされ、ビラが貼られたという。

実は、この軍事介入についてはチェコ人は全てを知っていた、という話すらある。
だからこそ、国境近くから写真が残っているのだ、と。
だからこそ、進行されてきた翌日あれだけ戦車に向かえたのだと。
そんな声は歴史には付き物だけれども。
真実は知らない。
写真は真実を語らない。
美化することも懐疑的なだけの目で眺めるのも柄じゃない。


painted like 1968 2

「ロシアからの輸入品:戦車、行列、死...68年チェコスロバキア、08年グルジア」
そして、ここに書かれた「+USA」。
最初から描かれたものなのか、後からの落書きなのか。
プラハの春のときの落書き等には皮肉まじりのものが多いけれど、
こんなところにまで落としたがるのを見ると、溜息が出る。


【2008/09/01 00:35】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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40年後のチェコ
after 40 years 1

40年前、8月20日夜、ソ連がプラハにやってきた。
所謂、プラハの春が起こり、そして、それに続いたチェコ事件。
40年後にあたる今年、様々はプロジェクトが行われている。
パネルの前で古びたカメラを構える老人がいた。
どんな想いで眺めるのか。
どんな思い出が付随しているのか。

after 40 years 2

若い世代にとっては、もう遥か昔のことなのだろう。
恐ろしいと思うのは二十歳過ぎの子にとってすら、社会主義の時代が既に昔のこととして認知されていること。
私はベルリンの壁が崩れたときのことを覚えているというのに。
彼女たちはロシア語を話す観光客のようだった。

after 40 years 3

人間は自由であることに慣れてしまう。
でも、と、私は思う。
チェコ人の性質としてあげられる自分の権利を侵害されたときに発生する攻撃性はこのような歴史から来ていると。
たとえ本人たちが気づいていなくても。
そして、また日和見主義なところも。
日本に帰ったときに、TVでプラハが映し出され、その歴史について語られていた。
静かに沈黙を守りつつも、抵抗を続ける、耐え忍んだ民族、そんなキャッチフレーズだった。
言い換えれば、日和見主義の蝙蝠で、他力本願で、調子に乗ったときだけ頑張って旗色が悪くなるとすぐ逃げる、それなのに権利だけを主張する、そんな風にも言える。
そんなチェコ人の性質が嫌だと言っていたチェコ人もいた。
忘れ去られようとしていた事件がグルジアへのロシア軍事介入によって、記憶を呼び覚まされた、という。
また戦車で脅されるまで気づかない。最初の銃声が鳴り響くまで。

after 40 years 4

忘れるのは人間の最大の能力。
忘れることができるから前に進めるのだろう。
それでも、忘れないからこそ前に進めることもある。



【2008/08/30 21:53】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0)
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一日のサイクル、一生のサイクル
stromovka park3

生きている限り、歓んだり、落ち込んだり、そんなことの繰り返しで。
わかっているはずなのに、わかっているからだろうか、詰まらないことで感情が動く。

昔と違うのは、必ず、先には光があると信じられること。
夜は明けないんじゃないか、と思ったこともあるけれど。
でも、違うのだ、と今は言える。
必ず夜は明けて、朝がやってくる。
そして、それと同じように夜はまたやってくる。
考えてみれば当然のことなのに。
明けない夜はない。
そして、それと同じように夜はまたやってくる。
そんな簡単なことに、なかなか気がつかなかった。

辛いときに誰かにはすがりたくて。
すがることができないなら、いっそのこと手を離してしまいたくなるけれど、
傍で支えてあげられないのならば、いっそのこと手を離してあげたほうが楽になるのじゃないかと思いたくなるけれど、
それすらも自分の弱さであるとは薄々は感じていて。

繋がることにすら臆病になりつつも、伸ばそうとした手を見なかったことにされても。
朝が来るから夜があるのだ。
そのことがわかっていれば、やりすごすことができる。
伸ばした手の先にいる人は、そのことすら忘れてしまうほど追い詰められているのかもしれない。
「そばにいる人間が揺らいだら、おぼれている人間が掴まるものがなくなってしまう」
だから私は揺るがない。



【2008/08/26 19:40】 チェコで独り言 | TRACKBACK(0) | COMMENT(2)
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